令和4年3月号会報「東基連」 雑感

先日の知人の話が気なって仕方がない。「娘が外資系の大手IT企業で働いているが、コロナ禍で在宅リモート勤務が長く続いている。朝から深夜までパソコンに向かい、殆ど24時間働いているようにさえ見える」と。
 日本労働組合総連合会(略称:連合)が、テレワークで働く人の意識や実態を把握するために「テレワークに関する調査」を実施したのは、令和2年6月。背景には、新型コロナウイルス感染症が拡大し、緊急事態宣言の発令等を受け、日本社会全体に在宅勤務が急速に広がっていく状況があった。
調査結果は大きく報道された。その主な内容を挙げれば、「通常の勤務よりも長時間労働になることがあった(55.1%)」、「時間外・休日労働をしたにも関わらず申告していない(65.1%)」、「時間外・休日労働をしたにも関わらず勤務先に認められない(56.4%)」。さらに、テレワークの際の労働時間の管理方法に関して「99人以下の職場では『労働時間管理をしていない』が23.5%」と。
 この調査結果が発表されてから、2年近くが過ぎようとしている。この間、新型コロナウイルス感染症は拡大と縮小を繰り返し、テレワークは感染症対策の一環として政府も推奨していることもあり、広がりを見せている。
 厚生労働省は、令和3年3月25日に「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン(以下「ガイドライン」という)」を改訂、発出した。その趣旨(前文)では「労働者が情報通信技術を利用して行う事業場外勤務」を「テレワーク」と定義し、通勤時間の短縮や業務効率化による時間外労働の削減等、労働者にとってのメリットを挙げ、また労働者の離職の防止、遠隔地の優秀な人材の確保等、使用者としてのメリットを示し、更なる導入・定着を期待していると。
 また、ガイドラインでは、テレワークを行う場合においても労働基準関係法令は適用されること。また、テレワークにおける労働時間の把握について、「労働時間の把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(平成29年1月20日基発0120第3号)」を踏まえた具体的な対応等も記載されている。
令和2年6月の連合の調査では、不適切な労働時間管理が多く見られたテレワークの現場は、このガイドラインが示されて1年が経つ現在、どのような状況にあるのであろうか。
 殆どの社員がテレワーク勤務という、ある大手企業で管理職を務める別の知人からはこんな話を聞いた。「本社の総務部門からは『36協定の遵守』を強く指示されている。しかし、正直に言って部下の勤務実態が見えてこない。自主申告される報告では、時間外労働は多くないことになっている。しかし、この成果に掛かる業務量を考えれば、そんな筈はない。ある時、部下の一人が深夜に電話を掛けてきたことがあった。『もう無理です。期日までには出来ません』と震える声で。何より、精神的に不安定になっている様子にショックを受けた。彼を含め部下達をどうやって守ればいいのか。」と。
この挿話だけで全体を論じる積りはないが、テレワークの大きな問題の一つは、労働時間管理の難しさとは多くの識者が語るところである。
 一挙に進展したテレワークという勤務スタイルは、新型コロナウイルス感染症が終息したとしても少なくなることは考えづらい。なにより、ガイドラインが示すように「働く時間や場所を柔軟に活用することのできる働き方」であることは確かである。更に、最近の論調を見ていると「場所と時間に縛られない働き方は、副業やワーケション、子育て・介護との両立のしやすさに道を開く」「人生の中に仕事があるという『ワークインライフ』という言葉の方がなじむ」など、バラ色の未来を描くが、仕事と私生活の境目は一層分かりにくく、労働時間の把握も困難を極める。
 思い返せば、日本の労働の現場は「過労死」という負の問題にぶつかり、それを解消すべく、これまで「働き方改革」に取り組んできた。
 厚生労働省は、令和3年10月26日に「令和3年版『過労死等防止対策白書』」を発表した。白書では、「過労死等の防止のための対策に関する大綱の変更」として、「テレワーク等の新しい働き方を踏まえた過労死等防止対策の取り組みを進めること」を明らかにした。
 私達は、労働時間の適正管理等、長時間労働防止のための数々の施策、工夫、取り組みを重ねてきた。テレワークの進展という状況のなかであっても、その流れを逆行させてはならないと考える人は少なくないであろう。難しいことはであるが、それぞれの職場で、テレワークに係る全ての人による慎重な検討の積み重ねを求めたい。
先ほどの「過労死等防止対策白書」には、「全国過労死を考える家族の会」の過労死遺児交流会世話人の渡辺しのぶさんの寄稿が収められている。
「過労死で大切な家族を失った親は、深い悲しみを胸に抱きながら、未来へとつながる命を一人で懸命に育てています。この命が社会に出たとき、働くことで命を落とす、というこの子たちの親と同じ体験は絶対にさせてはならない、過労死等の無い社会になって欲しい、と子どもたちの成長を見守りながら切に願っております。」
テレワークにおける労働時間管理の適正化は、過労死等のない社会への、大切な取り組みの一つであるように思えてならない。
(小太郎)