令和5年1月号会報「東基連」編集後記



初春の訪れを言祝(ことほ)ぐかのように、艶のある蝋梅の黄色い花が咲き始めました。当連合会「安全衛生研修センター」のある江戸川区の新左近川親水公園では、蝋梅の甘い香りが仄かに漂っています。
此処「安全衛生研修センター」では、安衛法に基づく各種作業主任者技能講習を始め、様々な安全衛生教育が行われています。教室を覗けば、咳(しわぶ)き一つ無く講義に集中する、幅広い世代の受講生の真剣な姿が。
その気迫に満ちた受講生を迎え入れる講師・職員もまた、真剣です。ある講師は「受講生と切り結ぶ思い」と語り、職員も早朝から夕刻遅くまで、意を尽くし心を砕き、快適な学びの場の提供に取り組んでいます。そして、その根底にあるものは、「重大災害根絶」との強い願い。
蝋梅の花言葉は、「慈しみ」と「先導」。寒い冬の時季に、他の植物に先駆けて一足早く開花し、人々に安心と喜びを贈る様に由来するとか。安全衛生教育もまた、労働者の安全と健康を確保し、その生命を護り、事業者、労働者、そしてそのご家族に安心と喜びを贈ります。
爽やかな蝋梅の香りが充(みつ)るなか、当連合会は本年の歩みを開始します。
会員の方々に必要とされるものを先駆けてお届けすることを心に定め、皆様が安心と喜びの一年を送られることを祈りつつ。
本年も宜しくお願い申し上げます。
小太郎

令和4年12月号会報「東基連」編集後記

晩秋、群馬と新潟との県境にある三国峠に紅葉狩りに出かけた。真紅の紅葉、鮮やかな発色の黄葉にも癒されたが、ほど近い新潟の日帰り温泉で出逢った人生の先輩達の姿が忘れられない。笑いと語らいの中で、食事を愉しむ七十代、八十代と思しき男性三人、女性一人。名物の蕎麦と天婦羅の盛り合わせを前に、盃を酌み交わす笑顔の語らいは、隣席の私達をも温かな雰囲気に包んでいく。
隣り合ったのも何かの縁と語り掛けるなかで、女性が「私達は兄妹なんです。もう4人とも70歳半ばを越えましたが、元気な間はと、年に何回か集まって食事をしながら、励まし合っているんです」と。最高齢と思われる男性が笑いながら「もうお迎えも近いだろうし、毎回、『これが最後だ!』と言いながら続いているんだ」とも。
人生の先輩が語る「励まし」の「励」という字には、「万の力」が含まれている。一言の励ましであっても、その一言は「万の力」となって相手に勇気と希望の火をともす。
この一年を振り返れば、新型コロナウイルス感染症と戦うなかで、ロシアのウクライナ侵攻が勃発。不安定な世界経済のなか円安が進行し、物価高にも直面している。そんな中、私達一人ひとりが置かれている状況は千差万別であろうが、誰もが懸命に目の前の課題に挑戦していよう。そして、その挑戦を支えるのが「励まし」の言葉。
今年を締め括る12月が始まる。この12月の個々の働きが、迎える来年の発展の礎ともなる。大変な時こそ、「万の力」を持つ「励まし」を互いに贈り合う私達でありたい。
小太郎

令和4年11月号会報「東基連」編集後記

ある労衛衛生コンサルタントから、「化学物質を使用する企業を訪ね、工場の扉を開けた瞬間、強烈な刺激臭に襲われた。工場の責任者に問うと、訝しげな表情を浮かべ『臭いなどしない』と。設備を見ると、局所排気装置等は稼働していなかった。しかし、彼は真顔で『刺激臭など無い』と言う。」との話が。
社会保険労務士の知人は、「ある企業から長時間労働対策の相談を受け、指定された支店を訪問した。受付に立ち、通り掛かる何人もの社員に声を掛けるも、皆、無言、無表情で通過。対応した担当者の表情も生気が無い。確認すると、信じ難い長時間労働。多くの社員に、睡眠時間の極端な不足が窺われた。」と。
どちらの挿話も、外部から見れば異常な状態であっても、得てして内部にいる者は慣れてしまい、その危険性に気が付かなくなっていることを示している。省みれば、問題点を認識しても、その解決の困難さから「仕方ない」「やむを得ない」とし、常態化していることもあろう。それらを防ぐために、内部の監査部署や外部のコンサルタント等からの確認がある。
しかし、より重要なのは、外からの指摘を待つのではなく、「問題点は無いのか」、「改善の余地は無いのか」と、各人が第三者の視点で自身の職場を問い続ける意識。言い換えれば「複眼的な思考」の育成であろう。そして、そこから見えてきた問題点を大切に掬い上げる企業風土。
今月号でも触れたが、労働安全衛生法の化学物質規制については、「個別具体的な規制」から「自律的な管理」へと、大きく舵が切られた。
お叱りを受けるかもしれないが、「危険でない職場など無く、問題の無い職場など無い」と捉えたならば、職場を改善していくポイントの一つは、内部の一人ひとりの気付きの力、提案する力を伸ばすこと。そして、その提案を真摯に受け止め改善に繋げていく体制の確立。
今年もあと2か月。気忙しい時季ではあるが、ここで一度立ち止まり、俯瞰して眺める時間を持つのも、大切かもしれない。
小太郎

令和4年10月号会報「東基連」編集後記

これを「紺屋の白袴」と言うのでしょうか。いや、ほら、例の「年次有給休暇の年5日取得」の話です。
「働き方改革」の一環として、平成31年4月から「年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者(管理監督者を含む)に対して、年5日の年休を取得させること」が使用者の義務となって4年。この間、私達もその周知に努めて参りました。
さて、そんな私の所属する部署の年休取得状況と言えば、年の三分の二が経過した本年9月初めの時点で、5日以上取得者が55%、未取得者が45%。管理職も結構、取得していません。
労使協定による計画的付与制度を導入していないので、毎月の会議等で「取得促進」を呼び掛けてきましたが、取得が進まないメンバーへは10月以降に時季指定を実施する方向です。
PDCAサイクル「Plan(計画)→Do(実行)→Check(確認)→Act(改善)」に従えば、この時点で現状を確認し、改善策を講ずるのは「適切な対応である」と言いたいところですが、「対応が遅いのでは!」との声も飛んで来そうです。さて、皆さんの職場ではどうでしょうか? 
10月は「全国労働衛生週間」や「改正最低賃金額の発効」など、大切な行事等があります。ただ、今月号の雇用環境・均等部の記事にもあるとおり、「年次有給休暇取得促進月間」でもあります。基準日にもよりますが、ここで各人の年休取得状況を確認し、取得が進まない人の原因を検討し、それに合わせた対策を実施するタイミングかもしれません。
この10月。まず、未取得者の一人である私自身が年休を取って、秋の紅葉狩りと日帰り温泉にでも出掛けましょう。どなたか、素敵な紅葉の名所を教えて頂けませんか。鮮やかなジャパン・ブルーの、藍染めのマスクを付けて参ります。
小太郎

令和4年9月号会報「東基連」点描

この9月にも、当連合会の東京衛生管理者協議会の「令和4年度第1回研修会」が開催される。今回のテーマは、「衛生管理者と産業医」「騒音障害防止ガイドラインの見直し状況」「化学物質管理の見直し内容とその時期」など。
東京衛生管理者協議会は、平成9年に設立され、東京都に所在する企業に勤務する衛生管理者を会員として、年に2回の研修会を軸にそのレベルアップに努めてきた。
衛生管理者は、企業において労働安全衛生法等に定められている各事項の遵守を担うとともに、労働環境の改善・向上と労働者の心身にわたる健康増進の推進という大切な使命をもつ産業安全衛生スタッフの一員。
衛生管理者の活動は地道かもしれないが、労働環境と労働者の健康を守る、謂わば「命のゴールキーパー」として、その職責は重要である。
そんな衛生管理者の一人である、東京衛生管理者協議会副会長の「神津進」氏が、本年7月に「安全衛生に係る厚生労働大臣表彰」の「功績賞」を受賞した。全国衛生管理者協議会の事業検討委員会委員長としての、長年の功績に対しての表彰。
何よりも、どちらかと言えば陰の支えとして、献身的に活動されている、多くの衛生管理者の方々にも繋がる顕彰と捉えれば、これ以上の喜びはない。
多くの労働者は、家族の幸福のため、自身の夢の実現のため、そして所属する企業の発展のため、日々懸命に働いている。そのような労働者の健康が、その労働の現場で害されることはあってはならない。
そのために、日々汗を流す衛生管理者。その方々の傍らに立つ者の一人として、今回の受賞を祝福すると共に、全ての東京の衛生管理者、命のゴールキーパーの健闘に心からのエールを贈りたい。
(小太郎)

令和4年9月号会報「東基連」編集後記

19世紀の海洋画家イヴァン・アイヴァゾフスキーの作品、「第9の怒涛」。縦221㎝、横322㎝の大きさのこの油彩画に魅了されている人は多い。
画題は、荒れ狂う夜の嵐の海で襲いかかって来る巨大な波。第1の波から第2、第3と次第に大きくなり、中でも9番目の波が最も破壊的で最高潮に達し、その試練を乗り越えると天の助けがあると言い伝えられていると。この絵には、難破した船の木片にしがみ付く人々と、迫り来る第9の波が描かれている。
幾度となく感染拡大を繰り返す新型コロナウイルス感染症との戦いも2年半を超え、感染拡大の波は前回を大きく超えながら第7波を数えた。
今月号の「労務・安全衛生深掘り探訪記」と「ちょこっと用語」では、「新型コロナウイルス感染症と労災補償給付」。そして「罹患後症状」と呼ばれる、回復したにも係わらず「疲労感・倦怠感」などが生じる症状について考えた。
各職場においては、一定の新型コロナウイルス感染症対策が確立されているであろう。それを踏まえながら、一人ひとりを大切にした対応をお願いしたい。特に「罹患後症状」で悩んでいる人には、医療機関、地方自治体、そして労働基準監督署等の相談窓口へのアドバイスを。
「第9の怒涛」には、木片にしがみ付き励まし合う6人が描かれている。そのうちの一人は今にも波間に沈む寸前にあり、それを別の一人が懸命に引き上げ、そして画面中央には、夜の嵐の海に勝利した者に昇る太陽が。
国連は、SDGsで「誰一人置き去りにしない」との理念を掲げた。新型コロナウイルス感染症との戦いは、まだまだ続くのかもしれない。そこで大切なことの一つは、「誰一人置き去りにしない」との強い思いに支えられた、周囲の人々への励ましであるように思えてならない。 
小太郎

令和4年8月号会報「東基連」 雑感

東基連(東京労働基準協会連合会)本部の事務室の書架に、一冊の絵本が収められたのは昨年の夏のこと。
日航ジャンボ機御巣鷹山墜落事故で、当時9歳だった次男を亡くされた美谷島邦子さんが文を綴られ、絵本作家のいせひでこさんが絵を描かれた「けんちゃんのもみの木」(発行所:BL出版㈱。2020年10月1日:第1刷発行)。
絵本の帯には「日航機事故から35年 母がつづった 命の重さを伝える絵本」と。また、裏表紙の帯には「一人ひとりのいのちの重さを伝え歩いた母の軌跡」とも。
520人が犠牲となった日航ジャンボ機墜落事故が起きたのは、1985年8月12日。あれから37年。
犠牲者を慰霊する「御巣鷹山慰霊碑(招魂之碑)」と「慰霊の園」は、墜落した群馬県上野村に設けられている。「慰霊の園」には合掌を模った慰霊塔と、慰霊塔を取り囲むように半円形に犠牲者の氏名を彫り込んだ石碑が。
幾度となく訪ねたが、石碑に彫り込まれたお一人おひとりのお名前を、祈りを込めながら読み進んでいくと、やり場のない怒りと、言うに言われぬ哀しみが込み上げて来るのが常であった。
事故調査委員会は、本事故の原因を次のように結論された。「不適切な修理に起因しており」、「点検整備で発見されなかったことも関与しているものと推定される」(事故調査報告書)と。
示された原因と、そこから引き起こされたあまりにも悲惨な結果。
労働安全衛生の傍らに立つ者の一人として、安全に関わる全ての行為が、どのように軽微に見える事であったとしても、人の命と直接に結び付いていることを、改めて強く教えられた思いだ。
これまでの職業生活の中で、ある上司から教えられ、大切にしていることが一つある。それは、「常に説明責任を意識して行動する」と言うこと。
その上司からは、行動に至った理由の説明を常に求められた。「何を根拠としたのか?」。「その根拠をどのように解釈したのか?」。そして「その解釈をもとに、そう判断した理由は何か?」。更に「その理由が合理的に正しいことを説明しなさい」と。
実施する事案はもとより、実施しない事柄についても説明を求められた。そして、「他者に説明出来ないことはしてはいけない」。また「行動しないことについて説明出来ないのであれば、直ぐに行動しなければならない」とも。
上司が求めたのは、「自分の行動について、自分自身に対しても他者に対しても、しっかりと責任ある説明が出来るのかを、常に自身に問い掛けていきなさい」と言う事であったように思う。
日航ジャンボ機墜落事故は、人の命の重さと、大切な人を失う悲しみを、白刃のように私達に突き付けた。
そして、「安全」に関しては、どのような小さなことであっても、懸命に真摯に取り組んでいくことの重要性を示した。
労働の現場において、危険リスクがゼロの業務は無いであろう。どのような職場においても危険リスクが存在するのであれば、係る人々がどのように安全を意識していくかが重要となる。安全を担保するツールの一つとして、「常に説明責任を意識して行動する」ことは大切だと感じる。
そして、行動のその判断基準の基底部にあるのは、他者の命への限りない敬意に基づく思いやりの心であろう。520人の犠牲者のお名前を彫り込んだ「慰霊の園」の石碑の前に立つ時、人は鎮魂と畏敬の念の中で、命の大切さを心の底から実感する。私はそうであった。
絵本「けんちゃんのもみの木」の裏表紙の帯には「また いつかきっと あえるよ」とある。美谷島邦子さんは絵本の最後で、御巣鷹山が様々な悲しみを抱えた人たちが集う山となったことに触れ、これからも安全の鐘を鳴らしていきたいと述べている。
8月12日は、鎮魂の祈りを捧げ、安全への思いを深める日としたい。
(小太郎)

令和4年8月号会報「東基連」編集後記


夏を詠った好きな和歌を問うと、同僚は平安時代末期の歌人・式子内親王(しょくしないしんのう)の一首をあげた。
「すずしやと 風のたよりを 尋ぬれば しげみになびく 野べのさゆりば」【風雅和歌集402】。『通釈』― 風のたよりが届き、涼しいことよと、そのゆかりを尋ねて行くと、繁みの中で靡いている野生の百合の花に出逢った。―背景に暑い夏を置いているからこそ、涼風の爽やかさが更に増す歌と。
その夏であるが、今夏は熱中症による救急搬送が激増している。当会報の先月号では、東京労働局健康課の「STOP熱中症 クールワークキャンペーン」を掲載。「労務・安全衛生深掘り探訪記」と「ちょこっと用語」では先月号、今月号と2回に渡り、熱中症の危険性と対策の重要性を訴えた。ある程度は予想されていたが、今夏の気温は命に関わる危険レベルに達しているようだ。
格言に「神は細部に宿る」とある。「細かい部分までこだわり抜くことで、全体としての完成度が高まる」と解釈されている。熱中症対策について準備を進め、迎えた8月。本番真っ只中にある今、小さな事象にも敏感に反応していきたい。職場内の微かな違和感をも見逃さず迅速に対応することが、命を守る重要な武器となろう。上位の職位に在る者は、徹して職場の状況を注視する日々であって欲しい。
水を微細な霧にして噴射するミストシャワー。その霧が、行き交う人々の頭上を舞う光景をよく見かける。水が蒸発する際の気化熱の吸収により、周辺温度の冷却を行うと。あらゆる環境で、夏の暑さを味方に変える工夫を重ねた夏でありたい。
渓流の足首まで濡らす冷たい水の流れ。滝壺から上がるマイナスイオンに充ちた飛沫(しぶき)の煌めき。高原を駆け抜ける爽やかな涼風。暑いからこそ感じる、夏の輝きを大切にしながら。
小太郎

令和4年7月号会報「東基連」編集後記

昨年の誕生日に妻に贈ったミニ胡蝶蘭が、今年の誕生日を前に、再び鮮やかな赤紫色の花を咲かせた。嬉しい驚きと喜びを生み出した、赤紫色の花弁。
その翌日、当会報「東基連」の編集会議が行われた。作成を担う編集委員は、24名。会員企業及び東京労働局の各課と産保センター、そして印刷会社と東基連の担当者で構成されている。編集会議では、意欲に溢れた発言が相次いだ。議論の
中心は、行政の施策を如何にして伝えるか。労働行政について様々な意見はあろうが、労働基準法の趣旨は、「労働条件の最低基準を確保し、更に向上させる」と解されている。
本年度の東京労働局の「行政運営方針」。「労働基準」、「雇用環境・均等」、「労働保険徴収」の3つの行政分野に記載された「周知」と言う言葉は、66箇所。法の趣旨を踏まえた66の施策について、しっかりとお伝えするとの国民の皆様への約束。
この66の施策を、幸を贈る花々に譬えさせて頂けないだろうか。使用者、労働者、そしてその家族の方々の望みを実現していきたいと願う、66の花々。そうすると、24人の編集委員は、花々を届ける花配達人。私も懸命に汗をかく日々を送ろう。嬉しい驚きと喜びを贈る、花配達人の一人として。
小太郎

令和4年6月号会報「東基連」雑感

楽屋話を少々披露することを、お許し頂きたい。
当連合会(公益社団法人東京労働基準協会連合会)が、令和3年度に厚生労働省から委託された「外国人労働者安全管理支援事業」の一つに、外国人労働者を雇用する事業者のための、外国人労働者の安全衛生管理の参考となる手引書の作成があった。
作成に当たり、外国人労働者の安全衛生管理について造詣の深い有識者による検討委員会を設け、現在の外国人労働者の安全衛生に係る問題点を様々な角度から掘り下げた。
一般的には大きな課題として、日本語に未習熟であることによるコミュニケーション不足と、技能が未熟練であることが挙げられていると。
しかし、むしろ雇用する側に日本語が未習熟な外国人労働者へのアプローチの仕方、文化の違いに対する理解が不足しているとともに、未熟練な外国人労働者に対する教育手法・体制が未整備であることも一因となっていることが指摘された。
こうした課題を念頭に、ワーキンググループでは、これまでに実施されてきた様々な調査結果から現状を掘り下げ、手掛かりを探り、教育教材・外部教育機関の所在情報を多く盛り込み、「日常的な安全衛生活動」に関する留意点、取組事例をも示し、その意義を問い直すことに力点を置いて作成を進め、200ページを超える手引書の完成に至った。
この「外国人労働者安全衛生管理の手引き」は、先月より全国の労働局、労働基準監督署の労働基準監督官等の職員に配布され、活用されていると共に、当連合会が受託した「外国人労働者安全管理支援事業」により設けられた「東京労働局外国人特別・相談支援室」内の「安全衛生班(外国人在留支援センター内)」のホームページにも掲載されている。
日本で働いている外国人は2020年時点で172万人とされ、国内の就業人口の2.5%を占めている。先立って独立行政法人国際協力機構(JICA)が示した推計によれば、2030年には419万人、2040年には674万人まで増加すると予想されている。この試算の中では、東京他北関東では就業人口の約10%が外国人労働者に置き換わると。
勿論、現在、多くの技能実習生を送り込んできているベトナム等の国々の国内経済の発展状況により、その数の減少も考えられ、労働力不足が顕在化することも予想されており、外国人労働者の受け入れに係る議論も行われている。
いずれにせよ、俯瞰して観たとき、私達の職場に外国人労働者が居ることは当たり前となっており、更に増えていこうとしている。
前述の「外国人労働者安全衛生管理の手引き」作成に当たり、ある企業を訪問した際、外国人労働者に対するその企業の姿勢に襟を正された。
その企業では、年に1回、全管理者に対し「外国籍の従業員に対する配慮のお願い」と題する書面を配布。また、新たに外国人労働者を雇用した場合は、その配属先の管理者にも同様の書面を。書面には、外国人労働者の日本語能力が充分でないことを前提に、管理者が、また日本人従業員がどのような点に留意すべきかを、具体的に例示し、依頼している。
その中に、次のような一文があった。「日本の価値観を押し付けず文化の違いを理解する」と題し、「それぞれの外国人の価値観を理解した上で、自社の価値観をしっかり説明することが重要です。『ここは日本だから、日本のやり方に従いなさい。』というような指示を受けると、外国人にとって自国の文化、存在自体を否定されたと受け取られてしまうこともあります。『日本では、こういう考えのもと仕事をしないといけない』と説明するのではなく、『私たちの会社はこういう理念のもと仕事をしている』と説明した方が自分事に捉えることができ、しっかりと聞き行動に移してくれることが多いのでのではないでしょうか。まず、外国人労働者の言い分を聞くことが大切といえます」と。
互いの価値観を尊重し、相手の言い分を聞き、その上で仕事に対し真摯に取り組む姿を説明するとの方向性は、外国人労働者に接する際の留意点というよりは、同じ職場で働く者同士としての大切なポイントを示しているように思えてならない。
前述の有識者による検討委員会では、「雇用する側に日本語が未習熟な外国人労働者へのアプローチの仕方、文化の違いに対する理解が不足している」と指摘されたが、外国人労働者の更なる増加が予想される近い将来に目を向けた時、この点に関するそれぞれの職場での取り組みが求められていると言えよう。
私達は、個人として、企業等の組織として、そして国として、他者への思いやりの度量を問われる時代を生きている。
(小太郎)


令和4年6月号会報「東基連」編集後記

ブルガリアの国立ソフィア大学に留学経験を持つ知人に、最も記憶に残っている出来事を質問した際のことである。
「留学間もなく、親しくなった日本語を学ぶブルガリア人の同級生と、その友人達と一緒に黒海に面したリゾート地『ネセバル』に出掛けた。存分に黒海での海水浴を愉しんだあと、夕食の最中に強烈な耳の痛みに襲われた。
中耳炎の症状。食事を中座し部屋で横になったが、痛みは激しくなるばかり。病院に行く当てもない。すると同級生から携帯にメールが来た。「daijyoubuka? minna shinpai siteiru」。私が「mimi ga itai」と返すと、彼は部屋に飛んで来て、夜間にも係わらず病院を見つけ、私を連れて行ってくれた。病院から帰る道すがら、彼は日本語で励ましてくれた。
私は感謝の気持ちを伝えたいのに、ブルガリア語で何と言えば良いのか分からない。私は恥じた。そして、懸命に知り得る限りのブルガリア語と英語でありがとうの思いを伝えた。彼は拙い私のブルガリア語を真剣に聞いてくれた。それからです。死に物狂いでブルガリア語を学んだのは。」
他者の苦しみに胸を痛め、寄り添う心。他者の幸福を願う、やむにやまれぬ心。平和で、安穏な社会は、人々のそのような思いの集積から始まるのだろう。様々な情報が瞬時に世界を駆け巡る日々であるが、この思いだけは、手放さずに過ごしたい。
小太郎

令和4年5月号会報「東基連」編集後記

四季の彩りに恵まれた日本列島。季節の移ろいのなか、列島を色取る鮮やかな色彩は南から北に駆け上がる。四季をイメージする色への思いは人それぞれであろうが、5月の心象風景を飾る色を「緑」とした時の異論は少なかろう。若葉が薫る季節。新緑の眩しいばかりの輝きは、人の心を清々しい気持ちに導いていく。
そして「緑」は、安全衛生の象徴でもあるシンボルマーク「緑十字」を表す色でもある。緑十字は、大正8年に東京市及びその周辺の隣接町村で行われた最初の安全週間の際、蒲生俊文が考案し採用されたものが始まり。十字は西洋では仁愛を意味し、東洋では福徳の集まるところを意味すると。(現在に続く全国安全週間は、第1回が昭和3年に内務省主催により全国で統一して行われた)
本年度は、第13次労働災害防止計画の最終年度である。しかし、東京では死亡災害を始めとする悲惨な重大災害の発生が続いている。来月には全国安全週間準備期間を迎えるが、現下の労働災害発生状況は、それを待つような状態ではなかろう。5月から7月までの、全国安全週間準備期間、全国安全週間があるこの3か月。関係者は改めて死亡・重大災害は起こさないとの深い決意に立ち、取り組みを強化して欲しいと願うのは私だけでは無い筈だ。
5月の新緑は、8月の夏の万緑へと向かう。濃い緑の万緑が列島を覆い尽くす8月。東京のそこかしこから、「私の職場では重大災害は発生させなかった」との声が上がることを、ひたすらに祈る。
小太郎

令和4年4月号会報「東基連」 雑感

「労災隠しは犯罪です」とは、稀代のキャッチコピーだと感じているのは、私だけではないだろう。
労働基準監督署など労働関係機関を訪れた時、黄色をバックに黒色の文字で、この言葉が描かれたポスターが壁などに掲示されているのを見たことがある人も多いに違いない。
何故、「労災隠し」が「犯罪」なのか。ここで示された「労災隠し」とは、一義的には労働災害が発生した際の療養補償給付や、休業補償給付等を労働基準監督署に請求しないことにより、労働災害の発生を労働基準監督署に覚知させないことを意味している。
勿論、労働災害に係る補償義務は、まず事業主が負う。但し、被災労働者等が労働基準監督署に請求した場合には、労働基準監督署長の決定により休業補償給付等が国から行われる。事業主が被災労働者に「労働者災害補償保険法」等で定められた法定の補償等の支払いを行うことを約束し、被災労働者がそれを受け入れ、労働基準監督署に労災請求手続きをしないこと自体は、問題ではない。
しかし、労働安全衛生規則第97条では、死亡又は休業4日以上の労働災害については「労働者死傷病報告(様式第23号)」を遅滞なく所轄労働基準監督署に届け出ることを義務付けている。休業4日未満の労働災害については「労働者死傷病報告(様式第24号)」を四半期に一度、同様に所轄労働基準監督署に届け出ることも。事業主が労災補償の費用を全面的に負担するとしても、この報告義務を免れる訳ではない。
東京労働局のホームページを開けば、労働基準監督署が司法事件として東京地検に送致した事例が公開されている。その中には、労働者死傷病報告の未提出や、虚偽の内容を記載した労働者死傷病報告を提出したこと等により、労働安全衛生法違反として送致された事例も含まれている。これが、「労災隠しは犯罪です」と言われる所以である。
これらの事例を見るに、パート・アルバイトなどの非正規労働者や外国人労働者に係るものも散見されるが、労災補償を全く行わなかったものは多くはないという。当初は事業主が医療費、休業手当等を負担しているが、休業期間が長期化するにつれ、事業主の支払いが滞り、やがて支払われなくなり、困窮した労働者が労働基準監督署等に相談することにより発覚する例が多いとも。
建設現場で発生した下請業者所属作業員の労働災害について、元請に知られるのを恐れ、元請職員に報告せず、救急車を呼ばずに自家用車で病院に運んだ例も。あるケースでは、被災労働者の休業の長期化により経済的に困った事業主が、自社の倉庫で発生したことにして労災請求。合わせて虚偽の労働者死傷病報告を提出。労働基準監督官が災害発生地とされる倉庫を訪ねた調査の際にも、虚偽の説明を重ねた。辻褄が合わない説明に、不審を感じた担当官の質問にも白を切り通したが、後日の聴き取り調査での追及に観念して虚偽報告を認めたと。
労働者死傷病報告への記載を求められる事項には、「災害の発生状況」等と共に「原因」がある。原因を特定する中で、当然「再発防止対策」の検討も行われる。
有名な「ハインリッヒの法則」によれは、統計的に重大事故、軽微な事故、ヒヤリとした事例は1対29対300の確率で発生すると。事故には至らなかったがヒヤリとした事例300件の積み重ねの先には、29件の軽微な事故が発生しており、その先には、死亡災害を含む重大な事故が1件発生している。
将来に発生する重大事故を防ぐためには、ヒヤリ体験と軽微な事故について、その原因を究明し、そこから導き出される再発防止対策を徹底していくことが何よりも重要だとは、労働災害防止の基本中の基本である。労働者死傷病報告の作成にあたり、労働安全衛生法が求めている「原因」の記載も、その事業場で同種の災害が二度と起きないことを求めてのことであろう。
労働災害が発生したにも関わらず、その発生を隠し、結果として発生原因を究明せず、再発防止対策を講じなかったとするならば、それはどういう意味を持つのか。講じていれは発生を防止できたかもしれない、未来の何処かの時点で起きる死亡・重大災害。その発生を防がないという決断を、意図的にしたこととなるのではないか。被災者が誰になるのかは分からない。しかし、未来のある日に発生する死亡・重大災害の起動スイッチを押したとするならば、労働者死傷病報告未提出という法違反に留まらず、「犯罪」と強く糾弾されても仕方がないことであろう。
ただ、労災隠しが、自己の保身と目先の利害に囚われた、長期的に見れば何の利益も生み出さない行為であると断ずるのは言い過ぎかもしれない。人間、誰もが陥る陥穽に、偶々、足を取られたとの側面もあろう。では、この陥穽に陥らないためにはどうしたら良いのか。
4月。多くの企業、団体等では、新規採用の社員等を迎え入れる時期。私が就職した時、配属先の直属上司から最初に言われた言葉は、「悪い報告ほど早く。」であった。「良い報告は後でもいい。悪い報告ほど早くだ。」と。
どのような組織であれ、活動していく上での「情報の共有」の優先順位は高い。特にコンプライアンスの重要性が求められている現在、何が起きているのか、何が起きたのか、それにどう対応するのかは重要なポイントであろう。そのためにも「正確な情報の共有」と「スピード」が要請されている。
それは、組織を構成する個人に強く求められると共に、報告しやすい組織であるのかが同時に問われることでもある。では、不都合な悪い事柄を躊躇なく報告できる組織とはどのような組織か。様々な考えはあろうが、遵法意識の高い、ハラスメントの無い、一人ひとりを大切にする、深い信頼関係で結ばれた職場であることが一つの答えかもしれない。
新しい年度の始まるこの時期。新たに仲間となるメンバーに、正確でスピード感のある報告の重要性を伝えると同時に、構成員が不都合な悪い事柄を躊躇なく報告できる組織であるのか、改めて自身の所属する職場を見つめることとしよう。
4月1日。新年度のスタートとなる職場の打ち合わせ会議。まず「悪い報告ほど早く」を共通認識とするところから始めたい。            
  (小太郎)

令和4年3月号会報「東基連」 雑感

先日の知人の話が気なって仕方がない。「娘が外資系の大手IT企業で働いているが、コロナ禍で在宅リモート勤務が長く続いている。朝から深夜までパソコンに向かい、殆ど24時間働いているようにさえ見える」と。
 日本労働組合総連合会(略称:連合)が、テレワークで働く人の意識や実態を把握するために「テレワークに関する調査」を実施したのは、令和2年6月。背景には、新型コロナウイルス感染症が拡大し、緊急事態宣言の発令等を受け、日本社会全体に在宅勤務が急速に広がっていく状況があった。
調査結果は大きく報道された。その主な内容を挙げれば、「通常の勤務よりも長時間労働になることがあった(55.1%)」、「時間外・休日労働をしたにも関わらず申告していない(65.1%)」、「時間外・休日労働をしたにも関わらず勤務先に認められない(56.4%)」。さらに、テレワークの際の労働時間の管理方法に関して「99人以下の職場では『労働時間管理をしていない』が23.5%」と。
 この調査結果が発表されてから、2年近くが過ぎようとしている。この間、新型コロナウイルス感染症は拡大と縮小を繰り返し、テレワークは感染症対策の一環として政府も推奨していることもあり、広がりを見せている。
 厚生労働省は、令和3年3月25日に「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン(以下「ガイドライン」という)」を改訂、発出した。その趣旨(前文)では「労働者が情報通信技術を利用して行う事業場外勤務」を「テレワーク」と定義し、通勤時間の短縮や業務効率化による時間外労働の削減等、労働者にとってのメリットを挙げ、また労働者の離職の防止、遠隔地の優秀な人材の確保等、使用者としてのメリットを示し、更なる導入・定着を期待していると。
 また、ガイドラインでは、テレワークを行う場合においても労働基準関係法令は適用されること。また、テレワークにおける労働時間の把握について、「労働時間の把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(平成29年1月20日基発0120第3号)」を踏まえた具体的な対応等も記載されている。
令和2年6月の連合の調査では、不適切な労働時間管理が多く見られたテレワークの現場は、このガイドラインが示されて1年が経つ現在、どのような状況にあるのであろうか。
 殆どの社員がテレワーク勤務という、ある大手企業で管理職を務める別の知人からはこんな話を聞いた。「本社の総務部門からは『36協定の遵守』を強く指示されている。しかし、正直に言って部下の勤務実態が見えてこない。自主申告される報告では、時間外労働は多くないことになっている。しかし、この成果に掛かる業務量を考えれば、そんな筈はない。ある時、部下の一人が深夜に電話を掛けてきたことがあった。『もう無理です。期日までには出来ません』と震える声で。何より、精神的に不安定になっている様子にショックを受けた。彼を含め部下達をどうやって守ればいいのか。」と。
この挿話だけで全体を論じる積りはないが、テレワークの大きな問題の一つは、労働時間管理の難しさとは多くの識者が語るところである。
 一挙に進展したテレワークという勤務スタイルは、新型コロナウイルス感染症が終息したとしても少なくなることは考えづらい。なにより、ガイドラインが示すように「働く時間や場所を柔軟に活用することのできる働き方」であることは確かである。更に、最近の論調を見ていると「場所と時間に縛られない働き方は、副業やワーケション、子育て・介護との両立のしやすさに道を開く」「人生の中に仕事があるという『ワークインライフ』という言葉の方がなじむ」など、バラ色の未来を描くが、仕事と私生活の境目は一層分かりにくく、労働時間の把握も困難を極める。
 思い返せば、日本の労働の現場は「過労死」という負の問題にぶつかり、それを解消すべく、これまで「働き方改革」に取り組んできた。
 厚生労働省は、令和3年10月26日に「令和3年版『過労死等防止対策白書』」を発表した。白書では、「過労死等の防止のための対策に関する大綱の変更」として、「テレワーク等の新しい働き方を踏まえた過労死等防止対策の取り組みを進めること」を明らかにした。
 私達は、労働時間の適正管理等、長時間労働防止のための数々の施策、工夫、取り組みを重ねてきた。テレワークの進展という状況のなかであっても、その流れを逆行させてはならないと考える人は少なくないであろう。難しいことはであるが、それぞれの職場で、テレワークに係る全ての人による慎重な検討の積み重ねを求めたい。
先ほどの「過労死等防止対策白書」には、「全国過労死を考える家族の会」の過労死遺児交流会世話人の渡辺しのぶさんの寄稿が収められている。
「過労死で大切な家族を失った親は、深い悲しみを胸に抱きながら、未来へとつながる命を一人で懸命に育てています。この命が社会に出たとき、働くことで命を落とす、というこの子たちの親と同じ体験は絶対にさせてはならない、過労死等の無い社会になって欲しい、と子どもたちの成長を見守りながら切に願っております。」
テレワークにおける労働時間管理の適正化は、過労死等のない社会への、大切な取り組みの一つであるように思えてならない。
(小太郎)