令和4年11月号会報「東基連」編集後記

ある労衛衛生コンサルタントから、「化学物質を使用する企業を訪ね、工場の扉を開けた瞬間、強烈な刺激臭に襲われた。工場の責任者に問うと、訝しげな表情を浮かべ『臭いなどしない』と。設備を見ると、局所排気装置等は稼働していなかった。しかし、彼は真顔で『刺激臭など無い』と言う。」との話が。
社会保険労務士の知人は、「ある企業から長時間労働対策の相談を受け、指定された支店を訪問した。受付に立ち、通り掛かる何人もの社員に声を掛けるも、皆、無言、無表情で通過。対応した担当者の表情も生気が無い。確認すると、信じ難い長時間労働。多くの社員に、睡眠時間の極端な不足が窺われた。」と。
どちらの挿話も、外部から見れば異常な状態であっても、得てして内部にいる者は慣れてしまい、その危険性に気が付かなくなっていることを示している。省みれば、問題点を認識しても、その解決の困難さから「仕方ない」「やむを得ない」とし、常態化していることもあろう。それらを防ぐために、内部の監査部署や外部のコンサルタント等からの確認がある。
しかし、より重要なのは、外からの指摘を待つのではなく、「問題点は無いのか」、「改善の余地は無いのか」と、各人が第三者の視点で自身の職場を問い続ける意識。言い換えれば「複眼的な思考」の育成であろう。そして、そこから見えてきた問題点を大切に掬い上げる企業風土。
今月号でも触れたが、労働安全衛生法の化学物質規制については、「個別具体的な規制」から「自律的な管理」へと、大きく舵が切られた。
お叱りを受けるかもしれないが、「危険でない職場など無く、問題の無い職場など無い」と捉えたならば、職場を改善していくポイントの一つは、内部の一人ひとりの気付きの力、提案する力を伸ばすこと。そして、その提案を真摯に受け止め改善に繋げていく体制の確立。
今年もあと2か月。気忙しい時季ではあるが、ここで一度立ち止まり、俯瞰して眺める時間を持つのも、大切かもしれない。
小太郎