令和4年2月号会報「東基連」 雑感

昭和51年(1976年)に「賃金の支払の確保等に関する法律」が施行され、今年で47年目を迎える。通称「賃確法(ちんかくほう)」と呼ばれるこの法律が持つ効力のうち、最も知られているのは、破産した企業に勤めていた労働者の未払賃金を国が立て替えて支払うという点であろう。この法律が施行される前は、企業が倒産し事業主に支払能力が無い場合には、労働基準監督機関による行政指導があっても、実質的に支払いを履行させることが出来ない事案が多数認められた。しかし、賃確法施行後においては、賃金の支払は事業主の責務ではあるが、事業主が破産宣告を受けたり、行方不明となった場合等において、この賃確法の適用により多くの労働者が救済されてきた経緯がある。
コロナ禍の中、2020年、2021年の企業倒産件数は低い水準で推移していると。持続化給付金や無利子融資などの支援が企業を支え続けた結果と言われている。東京の労働の現場でも、解雇や賃金不払い等の法違反の是正を求める労働基準監督署への申告受理件数は、令和3年4月~9月で1526件(速報値)と前年同期の2189件と比較しても30.3%の減少となっている。冒頭紹介した倒産企業に関する「未払賃金立替払認定申請件数」も、令和3年4月~9月の件数は48件(速報値)と前年同期の100件の半数以下の件数であり、企業への各種支援の効果と思われる。
しかしながら、ここに来て、気になる報道もある。信用調査機関によれば、全国の「新型コロナ」関連の経営破綻が令和3年2月以降、100件超えが続き、9月、10月と月間最多を更新し11月も169件と最多更新。12月16日時点で1640件に達し、令和2年の843件の約2倍にならんとしている。政策支援は継続される見通しと言われているが、長期化する業績不振により体力を失い脱落していく企業が高い水準で続いていくのではないかと。先行きは不透明であり、経営者の苦衷は察して余りある。ただ、今後倒産が増加した場合、職を離れた労働者の次の雇用が保障される訳ではないが、少なくとも本来支払われるべき賃金が迅速に労働者の手に渡ることを祈りたい。
そのような状況のなか、厚生労働省が建設業や製造業などの現場で働く「一人親方」らフリーランスの個人事業主を、労働安全衛生法の適用対象に加える方針を立て、既に審議会での検討が詰めの段階に入り、令和3年度内に労働安全衛生法の省令の改正を行う予定との報道に接した。アスベスト被害を巡る最高裁判決を受けての動き。具体的には契約企業に危険性の周知義務を課す方向と。欧州では一定の条件を満たせば、個人事業主でも労働者と同じように取り扱うという流れもある。
47年前に施行された賃確法が、以前と異なる労働者保護の働きを果たしていることを思えば、「一人親方」らフリーランスの個人事業主を労働安全衛生法の適用対象とする今回の動きは、大きな変化の前触れに繋がっているのかもしれない。
令和4年がスタートして1か月。社会の動きは激しさを増し、「危機の時代」との言葉も耳にするが、過去に学べば「困っている他者への想像力」が社会を牽引してきた事実がある。地に足を付け、手を動かしながら、接する人達へ思いを巡らす日々でありたい。必ず到来する春の喜びを楽しみに。
(小太郎)

令和4年1月号会報「東基連」編集後記

厚生労働省が、外国人労働者に関する新たな統計を整備する検討を始めたという。外国人労働者については、国籍別や在留資格別などの属性別の人数は把握できているが、年齢別、雇用形態別の賃金など労働実態に迫る統計はほぼ整備されていないと。令和3年1月29日に厚生労働省が発表した外国人労働者数は、172万4328人を数える(令和2年10月末時点)。これだけの人が日本国内で就労している以上、
その実態把握は各種支援の政策立案の上からも急務であろう。
当連合会でも「外国人労働者安全管理支援事業」として、外国人労働者を雇用する各企業へのヒアリング調査を行っているが、最も苦労することとして「言葉の壁」を挙げる人が多い。そのような中、企業や地方自治体を始め多くの関係者が、「やさしい日本語」や「多言語」による情報発信に努め、コロナ禍の中でもその努力は継続されている。   
愛知県の「有楽製菓(株)豊橋夢工場」では、全従業員のうち4%を占める英語を使えるフイリッピン国籍等の外国人従業員の理解促進のため、工場内の全ての掲示物、説明文書を日本語と英語の併記とした。共に働く仲間への心強い配慮であろう。
新型コロナウイルス感染症がもたらした影響の一つとして、人と人との関係が希薄になりつつあった社会の繋がりが回復してきたとの意見もある。度重なる災害の経験を経て「社会における共助」、言い換えれば「助け合いは大事だという雰囲気」が強くなってきたのではないかと。
災害の中で、個々の置かれた状況の違いが明らかになり、様々な観点から見た所謂「弱者」が浮き彫りに。かつ誰もがその立場になり得ることが明瞭になった。その中で、「危機の時こそ他者の苦しみに思いを馳せ、何かを成したい」との思いは、社会の成熟度を測る指標でもあろう。
コロナ禍の中で、多くの識者が述べていることに「多様性」と「包摂性」があった。同調を求めるのではなく、多様な他者の可能性を尊重し、引き出していくという発想。コロナ禍など幾つもの災害を経て、安定し成熟した社会へと向かう道程には、個人としても、組織としても、他者を思いやり、多様性を尊重する姿勢が求められよう。
外国人の在留資格のうち長期の在留が可能となる「特定技能2号」について、政府が受け入れ拡大に向けて検討していることが明らかになった。そんな中、日本に住む外国人の困りごとを解決するサービスを展開する新規事業のスタートが、相次いでいるという。「お部屋探し」「生活相談」「就職サポート」等、いずれも多言語、オンライン対応が特徴。外国人労働者のみならず、「誰一人取り残さない」多様性と包摂性のある社会への現れであろうか。
1月の別名は「睦月(むつき)」。ある説では「睦び月(むすびつき)」が「睦月」に転じたと。「睦び月」とは、人々が集い仲睦まじくお正月の宴を行うことが由来とか。一年のスタートにあたり、一人ひとりを大切にする「多様性と包摂性」の在り方を、自身に問い掛け、考える「睦月」としたい。
小太郎

令和3年12月号会報「東基連」編集後記

手話を共通言語とするサイニングストア「スターバックスコーヒーnonowa国立店」がオープンして、今月の27日で1年半が経つ。19人の聴覚障がいのあるスタッフと6人の聴者スタッフがともに働き、来店者とは「手話」や「筆談」などでコミュニケーションを取っている。手話ができなくても注文ができるように、指差しメニューなども用意されている。
地元の高校生がこの店を利用する中で手話を覚え、「たどたどしい私の手話をゆっくり待ってくれ、店員さんが皆さん笑顔で拍手までしてくださいました。」と喜びの声を寄せている。「共生社会」の重要性が語られているが、差異を軽々と乗り越え、多くの人々に喜びを与えていく姿に共感を禁じ得ない。
働く場所を一つのステージと看做せば、働くスタッフも経営者も、利用客や取引先さえも、そのステージに立つ俳優陣。人々に喜びを贈る、このステージを大成功へと導く必須のアイテムの一つは、先程の「nonowa国立店」に学べば、出演者が持ち合う互いへの敬意であろうか。
様々な問題がある労働の現場ではあるが、「どんな仕事でも、沢山の人々の幸せに繋がっている」と信じ、幸せを贈るキャスト達への敬意を、素直に表わせる自分自身でありたい。
小太郎

令和3年11月号 会報「東基連」編集後記



東京都最低賃金が10月1日に発効して、1か月が経過した。過去最高金額の1041円の決定に際しては、東京地方最低賃金審議会で労使が激しく対立し、使用者側団体からは企業への支援策の要望も出された。 これらはニュースでも取り上げられたが、そもそも、コロナ禍の影響などで職を失い、最低賃金引き上げの恩恵を受けられぬ多くの人がおり、都庁前の炊き出しに長い行列が出来た光景も、記憶から消えることは無い。
そのような状況が十分に改善されたとは言い難いが、東京都最低賃金が発効して1か月。賃金が当月締めの翌月払いの労働者にとっては、今月受け取るお給料が、改定された最低賃金下での最初の賃金となる人も多かろう。
コロナ禍の中、大変な苦労をされ、今も懸命に目前の仕事に取り組んでいる経営者、労働者、そしてそのご家族の方々が国民の多くであろう事に思いを馳せる時、最低賃金改定後の最初の賃金となる今月のお給料には、支払う側にも、受け取る側にも、様々な思いが籠められているように思えてならない。
晩秋である。妻の了解を得て、今月のお給料では、ススキをはじめ秋の草花と団子を買い求め、秋の夜長、読まぬままになっている本を手に取ることにしよう。
小太郎