ふっと視線を上げた先に人影が見えた。外廊下の窓枠に片足を掛けようとしている姿が。考えるより先に身体が反応した。「駄目だ! 止めろ!」と大声で叫び、椅子を蹴り倒し、執務室を飛び出し突進。4階の窓から飛び降りようとしている女性に掴みかかった。引き戻そうとしている私に、追い付いた部下達が加勢。泣き叫ぶ彼女を皆で引き摺り下ろし、廊下に押し倒した。
「死なせて!」と暴れる彼女を押さえ付ける。「どうせ、私なんかいらないんだ。死んでやる!」と。ネームプレートを見ると、上階のフロアに入居している会社名。部下が階段を駆け上がる。降りてきた社員は「上司が指導している最中に突然飛び出していった」と。事ここに至るまでには、積み重なった奥深い苦しみが有ったのだろう。何かで読んだ「言葉の刃で人は死ぬ」を、目の当たりにした。
あの時、何も彼女に言えなかったことが、今も悔いとなって残っている。「居なくてよい人など、一人もいない」と。そう、誰もが素晴らしい可能性を持っており、軽んじられてよい人など、誰一人としていないのだから。
令和7年6月11日に労働施策総合推進法等が改正され、ハラスメント対策が強化された。12月は「職場のハラスメント撲滅月間」。職場における実情を我がこととして見詰め、改めて次の発言を確認したい。
「全ての社員が家に帰れば自慢の娘であり、息子であり、尊敬されるべきお父さんであり、お母さんだ。そんな人たちを職場のハラスメントなんかでうつに至らしめたり苦しめたりしていいわけがないだろう」(2012年1月30日:厚生労働省:職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキンググループ「報告」)
(小太郎)№47
