令和4年6月号会報「東基連」編集後記

ブルガリアの国立ソフィア大学に留学経験を持つ知人に、最も記憶に残っている出来事を質問した際のことである。
「留学間もなく、親しくなった日本語を学ぶブルガリア人の同級生と、その友人達と一緒に黒海に面したリゾート地『ネセバル』に出掛けた。存分に黒海での海水浴を愉しんだあと、夕食の最中に強烈な耳の痛みに襲われた。
中耳炎の症状。食事を中座し部屋で横になったが、痛みは激しくなるばかり。病院に行く当てもない。すると同級生から携帯にメールが来た。「daijyoubuka? minna shinpai siteiru」。私が「mimi ga itai」と返すと、彼は部屋に飛んで来て、夜間にも係わらず病院を見つけ、私を連れて行ってくれた。病院から帰る道すがら、彼は日本語で励ましてくれた。
私は感謝の気持ちを伝えたいのに、ブルガリア語で何と言えば良いのか分からない。私は恥じた。そして、懸命に知り得る限りのブルガリア語と英語でありがとうの思いを伝えた。彼は拙い私のブルガリア語を真剣に聞いてくれた。それからです。死に物狂いでブルガリア語を学んだのは。」
他者の苦しみに胸を痛め、寄り添う心。他者の幸福を願う、やむにやまれぬ心。平和で、安穏な社会は、人々のそのような思いの集積から始まるのだろう。様々な情報が瞬時に世界を駆け巡る日々であるが、この思いだけは、手放さずに過ごしたい。
小太郎