ふと思い立ち、秋の奈良を訪れたことがある。爽やかに澄みわたった雲一つない秋天。奈良公園では、金色に輝く銀杏の葉が頭上を覆い、芝生には鹿の群れが。修学旅行中と思われる中学生達が、鹿たちに鹿煎餅を与えながら歓声をあげていた。古都・奈良は、中高生の修学旅行先としても多く選ばれるところ。懐かしい思い出をお持ちの方もおられるだろう。
奈良公園の鹿と中学生達の記憶が蘇ったのは、中学校の校長を務める知人との会話から。彼が云うには「来年の修学旅行の貸し切りバスの手配が、上手く進んでいない」と。自動車運転者等の時間外労働の上限が規制された「2024年問題」。トラックだけでなくバスの運転者についても、時間外労働の制約などで人手不足の状況が生じ、修学旅行の受注を制限するバス会社が出て来ていると。
それぞれが準備を進めて迎えた、本年4月の「建設業、自動車運転の業務、医師等」の時間外労働の上限規制。この10月1日で半年が経過。この間、様々な事象が顕在化してきた。病院勤務医の24%が未だ上限時間を超えて労働しているのではとの報道も目にしたが、家族からは「定期的に通院していた病院の診療時間が短くなった」との話も。予想されたことではあるが、時間外労働の上限規制という大きな変化のもと、全ての人が当事者となっている。
ここで大切なことは、後戻りは出来ないということ。一部の人の過労死にも繋がる長時間労働で支えられる社会であってはならない。いずれの関係者も法令遵守を踏まえながら、「命を守る」という大命題のもと懸命に取り組んでいる。その取り組みへの皆の応援が、社会をより良き方向に導いていくに違いない。
ヴィクトル・ユーゴーは「レ・ミゼラブル」の中で「未来には幾つかの名前がある。(中略)勇敢な者はそれを理想と呼ぶ。」と。奈良公園で鹿と遊ぶ中学生達の未来。その未来を理想に溢れたものとするのは、今に生きる私達の姿勢であり行動である。
(小太郎)