令和8年7月号会報「東基連」編集後記

本誌「会報 東基連」が創刊以来800号の節目を刻んだ。昭和34年(1959年)4月21日、「東京産業安全協力会」、「東京衛生管理協会」、「東京労働基準連合会」の3団体が統合し、「東京労働基準協会連合会」が発足。その翌年、昭和35年(1960年)1月1日に、創刊号が発行された。
発足した昭和34年には、最低賃金法が公布・施行され、昭和35年には有機溶剤中毒予防規則が公布された。以来、労働基準関連法令の進展に合わせ、歩んできた66年余り。一口に800号と言っても、毎月毎月の積み重ねの到達点。法令に基づいた労務管理・安全衛生管理、災害防止のための情報を発信し続けた先輩諸氏。そして会報を支え続けた会員企業の皆様に心からの感謝を捧げたい。
創刊以来のこの66年余りを振り返れば、労働災害発生件数は減少し、労働時間の短縮は進み、最低賃金額は大きく変化した。法令に基づく以上、社会の安定の観点からもそのスピードは速いとは言えないかもしれないが、確実により良き社会へと進んできたと言えよう。
本号の「深掘り探訪記」でも紹介したが、昭和51年(1976年)、一定の要件のもと国が未払賃金を立て替える「賃金の支払いの確保等に関する法律」が公布・施行された。当時、ある労働基準監督官は次のように語った。「賃金未払いの申告相談を受け支払いを指導するが、支払能力がない場合には実質的な救済手段がなかった。しかし賃確法ができてからは、会社が倒産してお給料が支払われず困っている相談者に『こういう制度があります』と説明すると、その方が安心した表情に変わったのが忘れられない」と。
800号の節目を刻んだ。次の900号、そして1000号を目指したい。労働行政は確かに誰かの幸福に繋がっている。その一助となる「東基連」であり、「会報 東基連」でありたい。
(小太郎)№54