令和7年10月号会報「東基連」編集後記

金木犀の香りが流れて来た。甘く穏やかで、懐かしさを感じさせる香り。この香りに出会うと、保育園に通っていた次男の絵画コンクール表彰式を思い出す。秋の午後、金木犀が咲く市役所で行われた表彰式。名前を呼ばれた次男は前に進むと、「これはカズ君の絵。僕のじゃない」と言うと自席に。静まり返る場内。慌てる大人たち。皆で説得するも、「この絵はカズ君が描いた」と。取り敢えず次の表彰に進み、式は終了。その直後、保母さんがカズ君の手を握り、1枚の絵を持ち息せき切って駆け込んで来た。同じような構図のとても似ている二つの絵。カズ君と次男は笑顔で表彰状を受け取った。
春の沈丁花、夏の梔子と並び、日本の三大芳香木の一つに数えられる秋の金木犀。この香りが懐かしさや記憶を呼び覚ます理由は、嗅覚と脳の仕組みにあるらしい。香りの分子は、嗅神経から脳の深部にある「偏桃体(感情中枢)」と「海馬(記憶中枢)」に直接到達。嗅覚は感情や記憶に直結し、ある香りを嗅ぐと過去の記憶や感情がぱっと蘇ると。
短時間・単発の就労を内容とする「スポットワーク」。労使双方に利便性が高いことから、雇用仲介アプリの登録者数や利用者数が増加。厚生労働省は令和7年7月4日に新たな通達を。リーフレットには「先着順で就労が決定する求人では、掲載した求人に応募した時点で労働契約が成立する」(趣旨)と。
19歳の秋。金木犀のある洋菓子工場で働いたことがある。中高年齢の女性の多い職場。自分なりに懸命に働いたが失敗も数多く、その度に周囲の皆さんが笑顔で温かくフォローしてくださった。思い返せば、今に繋がる初めての労働契約。
文化人類学者マーガレット・ミードの「未来とは今である」との言葉に照らせば、未来を創るのは現在のこの一瞬。スポットワークに活用される「空いた時間」もまた、労使共に未来を創る貴重な一瞬。将来のある日、香りがぱっと呼び覚ます今の就業環境。素敵なエピソードが連なる記憶であって欲しい。そう、金木犀の香りは、カズ君と次男の笑顔。そして、洋菓子工場の皆さんの笑顔を蘇らせる。
(小太郎)
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令和7年9月号会報「東基連」編集後記

490年続く農家が営む和食店。ここで供される夏のうどん「すったて」が絶品と評判に(要予約)。埼玉県のほぼ中央に位置する川島町(かわじままち)。周囲には荒川、越辺川(おっぺがわ)など5本の河川が。まさに「川に囲まれた島」のような地形。この町で昔から食されてきたのが「すったて」。農林水産省が決定した日本の「郷土料理百選」にも選ばれ、町内の幾つもの飲食店のみならず、各家庭でも振舞われる夏の風物詩。
すり鉢で沢山の胡麻に味噌を加え摺りつぶし、そこに新鮮な茗荷、大葉、胡瓜などの夏の香味野菜を贅沢に擦り合わせ、冷たい出汁を加える。このつけ汁に冷水で締めた手打ちうどんを浸せば、爽快な薫りが立ち上る逸品に。薫りの主役は茗荷。英名にJapanese Ginger(ジャパニーズ・ジンジャー)との異名を持ち、香り成分「α-ピネン」には頭をスッキリさせ、血液の循環を良くし、集中力を増す効果があることも明らかに。
7月に行われた「東基連 労務・安全衛生管理連続セミナー」。講師が言及した「安全管理者、衛生管理者が共同で取り組む課題」に新たな気付きを得た。講師は、「健康経営優良法人認定制度」(経済産業省)、「安全衛生優良企業認定制度」(厚生労働省)などを解説。その上で「安全衛生優良企業マーク推進機構」が発表する「ホワイト企業ランキング」で、全国1位に選ばれた山形県の社員20人の企業を紹介。同社は、これらの認定制度に挑戦する中で社内改革を実現し全国1位に。
講師はこの事例を踏まえ、安全衛生スタッフを中心に認定制度へ取り組み、自社の問題点を克服、その結果を「有価証券報告書」、「ホームページ」等で社会に開示、これにより外部からの評価向上に留まらず、社員の更なるやる気を引き出すのではないかと。
茗荷の香り成分「α-ピネン」の効果は前述の通りだが、認定を目指し社内改革に取り組む安全衛生スタッフの動きも、新たな活力を組織に生み出すのでは。さて、続く猛暑。茗荷のパワーを求め、爽やかな「すったて」を頂きに川島町に向かいます。
(小太郎)
(写真は、川島食堂FBから)

令和7年8月号会報「東基連」編集後記

北関東の丸沼高原。標高1,400mを超える場所に小さな湖があります。周囲を白樺やナラの原生林に囲まれ、熊笹を掻き分けながら進むと、突然、視界にエメラルドグリーンに輝く湖面が。濃緑の樹木が水面(みなも)に映り込み、その美しさからは目を離すことができません。盛夏でも25度を超えることはなく、緑陰には一人で本を読む人影も。静寂の中、吹く風に青葉騒。秘密にしておきたいほどの天地です。
湖畔には温泉に恵まれた一軒宿があり、東京などの小学校が移動教室に。夜には、皆で力を合わせて準備したキャンプファイヤー。暗闇の中、背丈の倍ほどに燃え上がる炎に大きな歓声が。子供達はクラスメイトと協力し共に過ごす体験の中から、幾つものことを学んでいくのでしょう。
アメリカの教育者ジョン・デューイは、提唱する「教育の三原則」の第一に「異なるバックボーンを持つ子供たちが一緒に学び遊ぶことで、人間としての共通の理念や生きざまを学ぶこと」を挙げています。ある人はこの点について「異なる背景を持つ子供たちが『同じ仲間なんだ』という意識を育み、『共に生きる感覚』を養うことこそが教育の目的」と。更に「生きるためには『支えあい』が不可欠。教えるべきことは、他者への親近感、思いやり、相互理解や寛容性である。」と。
教育の場と労働現場では、求める成果もその様態も違います。しかし、異なるバックボーンを持つ仲間達と一緒に取り組むという姿は似ているようにも感じます。支えあい、思いやりを持ち、相互理解を深める関係。それらが織りなされる職場でありたいと願うのは、私だけではないでしょう。
さあ、この夏。あなただけの秘密の天地に出かけませんか。吹き渡る風は涼やかで、どこまでも優しく心身を包みます。
(小太郎)

令和7年7月号会報「東基連」編集後記

東基連が厚生労働省から委託され作成した「外国人労働者の労働災害防止のための表示(イラスト・注意喚起文)」が、厚生労働省のホームページに掲載された。外国人労働者が機械等による危険を視覚・直感的に理解できるイラストと、それらと組み合わせる外国語による注意喚起文。これを事業場内に掲示するなどにより、外国人労働者の労働災害防止対策に取り組むもの。
外国人労働者の安全管理の専門家からなる有識者会議。その会議にイラストレーターの方々にも参加していただき、議論を重ねて作成されたイラスト。更にそのイラストを、外国人労働者の出身国の実情に詳しい通訳の方々に見て頂き細かな修正を加えた。その作成の傍らにいた者の一人として、完成した35枚のイラストと10の言語に訳された17種類の注意喚起文が、災害の発生を防ぐ一助となることを切に願う。
令和6年の外国人労働者の労働災害発生状況は、死亡者数「39人」、休業4日以上の死傷者数「6,244人」。1年間の労働者1,000人当たりに発生した労働災害発生件数を表す「死傷千人率」。全ての労働者の死傷千人率は「2.3」。外国人労働者は技能実習が「3.91」、特定技能が「3.71」。この数字の差をどう見るか。ある人は「誤解を恐れずに言えば、日本の労働現場は、外国人労働者にとっては危険な作業環境である」と。
全国安全週間が始まった。今年のスローガンは「多様な仲間と 築く安全 未来の職場」。実施要領では、高年齢労働者、外国人労働者等が挙げられ、安全管理の徹底や安全活動の活性化が謳われている。このスローガンは1週間だけのものだろうか。そんなことはない。少なくともこれからの1年間の目指すべき指標であろう。
目標があるから挑戦があり、成長がある。目標が曖昧であれば、力を出せず曖昧な結果で終わってしまうとも。それぞれが現状を分析し、目標を定め、取り組みを進めたい。
多様な仲間を守る、誰にとっても危険では無い日本の作業環境であるために。

※イラスト箇所をタップ(クリック)すると、厚生労働省のホームページにリンクします。

小太郎

令和7年6月号会報「東基連」編集後記

熱中症の危険度を表すWBGT値。その値が31℃を超えると予想された日の朝礼。安全衛生スタッフが「今日の巡視では、アイスクリームを配ります」と。作業員達からは「おおー!」との歓声が。(株)竹中工務店・東京本店の担当者から教えて頂いたエピソード。この熱中症防止への取組は、本号と来月号の「労務・安全衛生深掘り探訪記」で詳しく紹介するが、担当者は「出来ることは何でも行います」と。そして「作業員を始め多くの人々から様々なアイデアが。熱中症防止に向けお祭り状態です」とも。
東京の熱中症を原因とする死亡・休業4日以上の労働災害は右肩上がりで増加。令和3年に44件であったものが、令和6年は106件に(死亡災害4件)。東京労働局健康課では「STOP! 熱中症クールワークキャンペーン」を5月1日から開始。熱中症対策の強化を定めた改正安衛則の6月1日からの施行も踏まえ、死亡・重篤災害の防止のために、「暑さ指数の把握と評価」等、重点対策の徹底を呼び掛けている。
私が労働基準行政に入職し、初めて担当した災害調査は感電災害だった。被災者が握っていた2メートルほどの長さの金属製のパイプ。そこに残された左右の掌(てのひら)の痕跡を撮影し、その位置をメジャーで測定した。労働とは、労働災害とは、人の生死に直結していることを教えられた。決して起こしてはならないと、強く思った。
「安全文化」とは、「安全を重要と考える組織文化」と言われている。安全衛生に関する取組の中で、誰もが自社の「組織文化」を構築している。その根底にあるものは、仲間の命を守るとの思いであろう。先の担当者は「熱中症災害は、対策を講じれば講じるほど減少します。昨年の弊社の工事現場での熱中症災害発生件数は、殆どが不休災害ですが、全国で27件です」と。ここにも確かな「組織文化」がある。
全国安全週間準備期間が6月1日からスタート。本年度のスローガンは「多様な仲 間と 築く安全 未来の職場」。多様な仲間の命を守る夏が、始まった。
小太郎

令和7年5月号会報「東基連」編集後記

奥日光に続く金精峠に向かう国道120号。吹割の滝を過ぎ、尾瀬ヶ原で名高い片品村に入り、「奥利根ゆけむり街道」との愛称を持つ県道に。暫くすると「天王桜」との案内標識。ここを右折し長閑な山里を進むと、オオヤマザクラでは国内最大級と謳われる一本桜「針山の天王桜」が見えてくる。草木が綺麗に狩り払われた農地の中央。樹齢300年、樹高14mに迫る大桜は、四月下旬から五月上旬に満開を迎える。
この樹の根元には、「天王様」と呼ばれる石造りの小さな祠が。祠には「文化十五年五月吉日 千明勇右ェ門」と刻まれている。西暦では1818年。当時既に樹齢100年との言い伝えもあり、今に続く千明(ちぎら)家が守り伝えてきた300年間。咲き誇る桜の大樹のもとで、人々が楽しい語らいの場を持つ光景が浮かんでくる。
大変な時、どうしようもなくなった時、話を聞いてもらえる場所があるだけで、人は頑張れるという。振り返ってみれば、その通りと頷ける記憶が幾つも蘇る。「楽しいところ、明るいところに人は集まる」とも。人々が語り合った天王桜のように、1日の多くの時間を過ごす職場こそ、元気と勇気が湧いてくる場所であって欲しい。
そのヒントが、東京労働局のホームページに掲載されている「東京の労働行政 Profile2025」にある。労働基準行政は「健康で安心して働ける職場」、雇用環境・均等行政は「誰もがその能力を十分に発揮」、職業安定・人材開発行政は「労働者等の特性に応じた雇用の安定・促進」にそれぞれ取り組むと。
この5月から「東基連 労務・安全衛生管理連続セミナー」が始まる。初回のテーマは「令和7年度『行政運営方針』を読み解く」(5月30日開催)。行政運営方針に示された労働行政の施策を活用し、更に安心して働ける職場づくりの一助としていただきたい。
陽光輝く五月。武尊山の麓。天王桜の傍らに、数え切れぬほどの水芭蕉が白い仏炎苞を開く。白い苞を掲げる水芭蕉達は、楽しい語らいに興じているようだ。
小太郎

令和7年4月号会報「東基連」編集後記

甲府盆地の南。笛吹川河畔の小さな花火店。玩具(おもちゃ)花火とも呼ばれる線香花火などを扱い、その種類は500品目を超える。幼児でも手に持ち楽しめる安全な玩具(おもちゃ)花火への拘りは評判を呼び、NHKの「ドキュメント72時間」等でも取り上げられ、一年を通し全国からお客様が。夏には来店者が一日600人を超え、花火を選ぶ親子の歓声で賑わう。
同期同窓の友人でもある店主は、こんなエピソードを。「お子様と一緒にシングルマザーの方も多く来店。『子供に夏休みの思い出を作ってあげたい』と」。また、「外国人労働者を雇用する企業の担当者。『母国を離れている彼ら。少しでも癒したい』」。そして、「高齢者入居施設の職員の方は『毎年行う施設の花火大会。入居者の皆さんは嬉しそうに線香花火を手に持ち、子供に返ったように笑顔いっぱい。その後に亡くなられ、花火はその日が最後となる人もおられます。だから、全員に喜んで貰えるように』と」。
先月、東基連・中央支部が「女性活躍推進セミナー2025」を開催。講師の一人が次のように語った。「社会は、多様な属性を持つ人々から構成されている。これからの社会は、多様な属性を持つ個々人を尊重しているか。その能力を十分に発揮できる環境であるか。この点が問われる時代に入っている」と。先の店主の話からも、多様な属性を持つ個人を大切にする社会に向け、多くの人々が尽力している動きが窺える。
 店主は更に語る。「毎年3月に福島県南相馬市から来られ、沢山の花火を購入される女性。『震災でみんな亡くなってしまった。だから、浜で、一人ひとりに、線香花火を見せてあげるの』。生死を超えて他者に寄り添う彼女の姿に、心打たれた」と。
春、四月。暖かさが満ち始めた今宵。線香花火に火を付けてみよう。煌めく花火の美しさは、四季を問わない。
                     
(小太郎)
※写真は、「はなびかん」ホームページから。

令和7年3月号会報「東基連」編集後記

1月に東基連が開催した「労務管理セミナー」。労働基準法と労働者災害補償保険法の実務に関する解説。サブテーマは「~ある日、突然、労働基準監督官が会社にやってきた~」。説明後の質疑応答が盛り上がった。二つの法律への参加者からの質問と講師の回答。見守る他の参加者から関連する質問が相次ぎ、その回答へも更なる質問が。
いつのまにか、大学のゼミのような一体感が醸成されていた。参加者の多くは総務・労務担当者。その真剣な姿勢からは、責任を担っての出席であることが伝わってくる。新たな知識を得る、知的興奮にも包まれた有意義な時間となった。
4月1日に改正施行される育児・介護休業法。子の看護休暇の適用範囲が「小学校就学始期に達するまで」から「小学校3年生修了まで」に拡大され、「入園(学)式等」も適用に。各企業・団体等では、就業規則の変更など改正法施行に対応する準備を進めていよう。これらを担当し運用する総務・労務担当者には、専門的な知識が求められる。その要望に応えようと企画された今回のセミナーであったが、好評のうちに終了。次回は3月18日に「東基連・たま研修センター(立川市)」での開催が予定されており、多くの方が参加されることを願っている。
法治国家たる日本。公平に適用される法令。その法令順守の姿勢が、社会の安定の基盤となっている。労働基準法、労働安全衛生法、労働者災害補償保険法を始めとする労働基準関連法令は、労働の現場において労使双方を守る重要な役割を担っている。そこに思いを馳せれば、総務・労務担当者の持つ使命の大きさは論を俟たない。
法令に則った社内ルール。その適正な運用。これらを担う総務・労務担当者。「菊作り 菊見る時は 陰の人」(吉川英治)の句の如く、人々の喜びを創りゆく担当者達に、心からのエールと感謝を贈る。                  
(小太郎)

令和7年2月号会報「東基連」編集後記

寒さも緩み始めた2月の末。当時、保育園に通っていた次男が、園のみんなと初めてのイチゴ狩りに出掛けた。大好きな甘いイチゴ。彼は綺麗なイチゴを3個、そっとジャンパーのポケットに。お母さんとお兄ちゃんとお父さんへのお土産。帰って来た彼は「お母さん、お土産。イチゴだよ」。彼がポケットから出した苺は。そう、苺は。苺は潰れていて、ビックリした彼は大きな涙を浮かべると大泣きに。妻が抱き締めて慰めたが、暫くのあいだ泣き止まなかった。
この2月1日、創設された「化学物質管理強調月間」がスタートした。月間の内容等については、本号の「桃樹のちょこっと用語」に詳述したが、新たな化学物質の規制(自律的管理)を広く周知する取り組みの必要性を踏まえてのこと。その背景には、年間500件を超える「火傷」「薬傷」「化学熱傷」等の「化学物質の性状に関連の強い労働災害」の発生がある。しかも、その13.2%が食料品製造業、11.0%が小売業・飲食店で発生しており、化学物質による災害リスクが私たちの身近に存在していることを示している。
先月下旬、東基連本部・支部と東京労働局・労働基準監督署が、化学物質の自律的管理に関するセミナーを都内3会場で共催。そこでは、リスクアセスメントの実施により、危険要因を把握し除去していくことの重要性が訴えられた。
イギリスの看護師フローレンス・ナイチンゲールは、良い組織に共通する条件として次の言葉を残している。それぞれの人が、他人を「妨げるようにではなく、助けるように」していることと。彼女の言葉に照らせば、各人が「共に働く仲間達を化学熱傷等の労働災害から守る」との強い一念を持ち、行動することが求められる。
身近な人に喜んで貰いたい。次男のお土産に込められた素直な気持ち。周囲のために尽くそうする思いの大切さを、数十年を経た今も私に教えてくれる。
(小太郎)