令和7年1月号会報「東基連」編集後記

年の初め。街には華やかな新春の喜びがそこかしこに。今回の年末年始の休みは9連休という方も。もちろん、交通機関を始め接客業などに携わる方々は、フル回転の日々。安全・安心、そして快適な社会を支える多くの方々の労苦に、心からの感謝と敬意を表します。
東基連本部が入る中労基協ビル。一階の受付には、季節毎に姿を変える可愛らしいオブジェが。10月は紅葉とお月様とお団子。11月はハロウィン仮装姿のお人形とパンプキンさん。毎月、額を合わせて相談し、工夫を凝らしたオブジェを飾る職員達。今月は黄色い花を咲かせた福寿草とミニチュアの門松が、新春を言祝ぎ訪れる方々を迎えています。
昨年11月12日に厚生労働省で「労働基準関係法制研究会(第14回)」が開催されました。「新しい時代の働き方に関する研究会報告」を踏まえ、令和6年1月から有識者が参加し議論を重ね、新しい制度の概要を盛り込んだ「議論のたたき台」を。「13日を超える連続勤務の禁止」、「勤務間インターバル11時間の原則」、更に「つながらない権利」等。この「議論のたたき台」を基に令和6年度内の取りまとめを目指し、労政審での議論を経て、早ければ令和8年に労働基準法改正案を国会に提出するとも。
企業・団体等、そしてフリーランスの方を含めその業務に従事する人達が社会を支えています。企業等と働く人達とその家族を幸福にするための法律。今回の法改正の議論の行方(ゆくえ)を見詰めながら、会員の方々に逸早く情報を提供して参ります。
職員の一人が「福寿草の花言葉をご存知ですか? 花言葉は『幸せを招く』です」と。訪れる方々の幸を願う職員達に連なり、会員の方々のために意を尽くし力を注ぐ一年であれと心に定め、第一歩を踏み出します。本年も宜しくお願い致します。
 
(小太郎)

令和6年12月号会報「東基連」編集後記

一度だけ、父の職場を訪れたことがある。火力発電所の発電用ボイラ設備を施工する専門工事会社。その会社で現場監督を務めていた父。国内各地のみならず、インドや中東諸国の工事現場にも赴いていた。単身赴任での長期出張を繰り返していた父から、「現場を見に来ないか」との話があったのは高校1年生の冬。冬休みを利用し、2歳違いの弟と一緒に九州地方の火力発電所新築工事現場に。
保護帽と安全帯を着用し、父と作業員の人達と共に工事用エレベーターで一気に最上部まで。事前に許可を得て、安全な見学者用のルートを通ったのであろうが、高所に組まれた足場と金属メッシュ製の床。強風が吹き抜ける作業現場。覗き見る地面は遥か下にあり、怖さのあまり手すりを離すことは出来なかった。そんな中、傍らに立つ父は指示を出し、作業員の人達は仕事を進める。心底、「この人達は凄い!」と思った。
大手ゼネコンの一つである清水建設株式会社は、「子どもたちに誇れるしごとを。」とのコーポレートメッセージを掲げている。このメッセージには「人々がいつまでも幸せであるような空間を創出していく」、そして「次の世代の人々に責任ある事業を推進していく」との決意と意思が込められていると。
一度だけ訪れた父の職場。そこで学んだのは、どんな仕事も他者の幸福に繋がっているということ。その後、労働安全衛生の傍らに立つ業務に就き、様々な労働現場を訪れてきた。出会う人達は、誰もが懸命に真剣に「しごと」と向き合っていた。その姿は、先に紹介した「子どもたちに誇れるしごとを。」に相通じるように思えてならない。
12月に入った。大変な一年であった方もおられると思う。大変であった分、誇れる仕事の輝きは増す。その労苦に感謝の意を伝え、新しい年を迎えたい。 
(小太郎)

令和6年11月号会報「東基連」編集後記

鳥甲山(とりかぶとやま)の東側の切れ落ちる絶壁。「第二の谷川岳」とも称されるこの絶壁を仰いだ時、その荘厳さに息を飲んだ。鳥甲山が聳える長野県栄村から新潟県津南町にまたがる中津川沿いの一帯は、「秘境・秋山郷(あきやまごう)」と呼ばれる紅葉の名所。旧友たちと連れ立って訪れた10月の下旬。津南町から栄村を経由し奥志賀に抜ける林道は、視界の全てが燃えるような紅葉に包まれていた。年に2回の旧友たちとの旅も17年目。回を重ねた分、年齢も重ねた。旅の話題の多くが、それぞれの持病の話に。齢を取るほど具合が悪い箇所が増えるのも、これもまた致し方ないことか。
都産健協の「定期健診・年齢別有所見率」調査によれば、年齢が上がるほど有所見率は高くなる傾向にある。例えば男性は、35~39歳68.1%、40~44歳73.5%、50~54歳80.2%。このデータを見ると、有所見率の高さに改めて驚かされる。有所見率が高い以上、再検査、精密検査を求められる人も多いに違いない。
健診結果を踏まえた法定の「医師等の意見聴取」等の実施は大切。その上で、「再検査又は精密検査を行う必要のある労働者に対して、検査受診を勧奨する」こともまた、事業者は求められている(「健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」)。
9月の「職場の健康診断実施強化月間」を皮切りに定期健診を進めてきた企業も多く、要再検査等の対象者の把握も始まっていよう。早期発見が早期の治療に繋がる。衛生管理者を始めとする産業保健スタッフの受診勧奨の取り組みが、命を救う契機となった事例は数多い。
多発性骨髄腫を発症し、働きながら数年にわたり治療を続けてきた大学の同期生。先日、「主治医から寛解を告げられた」との連絡が。油断は出来ないが、彼の病気との闘いを思い返し喜びあった。さて、鳥甲山の絶壁を共に見上げた旧友たち。この旅を続けるためにも、彼らに、再検査等の受診を強く勧めることとしよう。「先ずは小太郎だろう!」と言われるのは間違いないが。
                
(小太郎)

令和6年10月号会報「東基連」編集後記

ふと思い立ち、秋の奈良を訪れたことがある。爽やかに澄みわたった雲一つない秋天。奈良公園では、金色に輝く銀杏の葉が頭上を覆い、芝生には鹿の群れが。修学旅行中と思われる中学生達が、鹿たちに鹿煎餅を与えながら歓声をあげていた。古都・奈良は、中高生の修学旅行先としても多く選ばれるところ。懐かしい思い出をお持ちの方もおられるだろう。
奈良公園の鹿と中学生達の記憶が蘇ったのは、中学校の校長を務める知人との会話から。彼が云うには「来年の修学旅行の貸し切りバスの手配が、上手く進んでいない」と。自動車運転者等の時間外労働の上限が規制された「2024年問題」。トラックだけでなくバスの運転者についても、時間外労働の制約などで人手不足の状況が生じ、修学旅行の受注を制限するバス会社が出て来ていると。
それぞれが準備を進めて迎えた、本年4月の「建設業、自動車運転の業務、医師等」の時間外労働の上限規制。この10月1日で半年が経過。この間、様々な事象が顕在化してきた。病院勤務医の24%が未だ上限時間を超えて労働しているのではとの報道も目にしたが、家族からは「定期的に通院していた病院の診療時間が短くなった」との話も。予想されたことではあるが、時間外労働の上限規制という大きな変化のもと、全ての人が当事者となっている。
ここで大切なことは、後戻りは出来ないということ。一部の人の過労死にも繋がる長時間労働で支えられる社会であってはならない。いずれの関係者も法令遵守を踏まえながら、「命を守る」という大命題のもと懸命に取り組んでいる。その取り組みへの皆の応援が、社会をより良き方向に導いていくに違いない。
ヴィクトル・ユーゴーは「レ・ミゼラブル」の中で「未来には幾つかの名前がある。(中略)勇敢な者はそれを理想と呼ぶ。」と。奈良公園で鹿と遊ぶ中学生達の未来。その未来を理想に溢れたものとするのは、今に生きる私達の姿勢であり行動である。
      
(小太郎)

令和6年9月号会報「東基連」編集後記

パキスタンのイスラマバードに駐在している友人から、「日本への異動の辞令が出た。」との連絡が。令和2年に日本を離れ、タイのバンコクに赴任。隣国のミャンマーでは、翌年にクーデターが発生。そして、令和4年にパキスタンに異動した。時折届くLINEからは、現地スタッフと共に活躍している姿が窺えた。送られてきた写真には、現地の人々に囲まれ顎髭を蓄えた姿や、漸く訪れたというカラコルム山脈のK2も。
私もまた、彼の無事を祈りながら四季の写真を送ってきた。イチゴ狩り。桜並木。五月の鯉のぼり。大輪の花火。錦秋の紅葉。東京の突然の大雪。その中には「檜葉(ひば)」の写真も。檜葉は檜(ひのき)科に属し、別名は「ヒノキアスナロ」。四国、九州に分布する「アスナロ」が、寒い北の地方で育つように変種したもの。建築材の中でも耐朽性に優れ、1124年に上棟された中尊寺金色堂にも使用されている。
長い人生である。大変な業務を担当することもある。思いとは異なる仕事に就くことも。そんな時は一人で抱え込まず、まずは信頼できる人に思いの丈をぶつけてみよう。何でもいい。上手に話せなくてもいい。ともかく心の内を聞いて貰おう。人生という劇の脚本を書くのも、演じるのも自分自身。どのような展開になっても、振り返ってみたとき、自身を更に高める方向へ歩み出しているに違いない。檜葉が北国の寒さの中で、高い耐朽性を得てきたように。
帰国する彼の新たな赴任地は、中部地方とか。この地の長良川では「鵜飼い」が行われている。漆黒の闇の中、鵜舟の篝火に照らされ浮かび上がる鵜匠と鵜。幻想的な絵巻物の如き世界。仲秋の一夜、揺れる舟の上で、涼やかな川風に吹かれながら、一献酌み交わす一幕を刻みたい。人生の劇はこれからも続く。
(小太郎)

令和6年8月号会報「東基連」編集後記

万緑の山々に囲まれ、山間(やまあい)を縫うように流れる神流川。この清流に沿う群馬県上野村の集落の傍らに、慰霊の園がある。昭和60年(1985年)8月12日に発生した日航ジャンボ機御巣鷹山墜落事故では、520名の方が犠牲になられた。ここ慰霊の園には、合掌を模(かたど)った慰霊塔と納骨堂が建てられ、慰霊塔を取り囲むように半円形に犠牲者の氏名を彫り込んだ石碑が。年に数回訪れるが、氏名を読み進むうちに、いつもやり場のない怒りと哀しみが込み上げてくる。
39年前のあの衝撃は忘れられない。前日の8月11日の夕刻、妻は生後6か月の長男を抱き、羽田空港から大阪伊丹空港へ向かう日航機に乗っていた。職場の先輩のお父様が事故機に搭乗し、犠牲になられたとの話も伝わってきた。誰もが他人事では無いと、テレビ・新聞等の報道に噛り付いた。忘れられない。忘れてはならない。 
今年の1月、羽田空港で日航機と海上保安庁の航空機が衝突。海保機の乗員5名の方々が亡くなられた。日航機の乗客乗員379人は全員脱出。様々な論評があったが、「8・12連絡会」の事務局長を務める美谷島邦子さんが、海保機の乗員の死を悼んだうえで、日航機の乗客乗員全員が避難できたことについて、「日頃の訓練、命を守る意識の賜物だと思う」と述べた言葉が印象に残っている。
日本航空では「三現主義」に基づく取り組みを進めているという。現地(事故現場)に行き、現物(残存機体、ご遺品等)を見て、現人(事故に関わった方)の話を聞くことで、物事の本質が理解でき、意識の奥底から安全の重要性が啓発されると。美谷島さんの言う「命を守る意識」は、このような教育・訓練から育まれたものであろうか。
私達の労働現場には、ハラスメント、過重労働、不安全な作業環境、有害物など危険な事象は幾つも存在している。これらが命を脅かすものであると、意識の奥底から認識し、「命を守る意識」を持って立ち向かってゆくことを確認する8月としたい。
  (小太郎)

令和6年7月号会報「東基連」編集後記

6月の全国安全週間準備期間では、多くの企業・団体が安全に関する催しを開催した。
ある建設会社の安全大会での来賓の挨拶。その来賓は冒頭で、信号の無い十字路に、毎 月決まった日に花束と缶ジュースが添えられること。そして、かなりの年月が経つが、 花は絶えることなく毎月添えられていること。恐らく交通事故の被害者のご遺族か親し かった友人の方々が、いつまでも故人を偲んで置かれるのであろうと。
そして、建設現場においてはそのようなことは出来ないが、せめてこうした大会の日に、災害に遭われた方々に対して「私たちは皆さんの残してくれた教訓を忘れません。それを守り日々安全に取り組んでいます」と報告することもまた、安全大会の一つの意義であろうと語った。
労働安全衛生の傍らに立つ者の一人として、多くの労働災害の調査に立ち会ってきた。その全てを鮮明に記憶している。
17歳の労働者が機械に激突され亡くなった。災害調査を進める現場に、被災者の母が現れ、花束を握りしめながら、いつまでも立ち尽くしていた。こんなことはあってはならないと強く思った。
本号の発行日である7月1日は、全国安全週間の初日でもある。この日を「安全の元日」と呼ぶ人もいる。これから始まる1年間の「無事故・無災害」を祈るスタートの日。「我が職場では災害は絶対に起こさない」と、皆で決意を固める日でもあろう。
7月1日がスタートの日ならば、ゴールは1年後の今日。次に迎える7月1日に、職場の全員で「無事故・無災害」のゴールテープを切るとの決意を、日々新たにする365日でありたい。
(小太郎)

令和6年6月号会報「東基連」編集後記

秩父天然氷の蔵元が営む「かき氷専門店」を友人と訪ねた。高さ20センチ以上のフワフワの真っ白なかき氷。天然氷は結晶が大きく、ふわっと削れるのが特徴。そっとスプーンで掬い口に運ぶと、氷は一瞬で溶け、身体中が冷え渡る。厳寒の冬、山間の製氷池に清冽な伏流水を引き入れ、自然のままに凍らせる。切り出された天然氷は、1年を通し多くの人々を癒してくれる。
かき氷を味わうと思い出す。幼い夏の日、家族総出の大掃除。家具を動かして一枚一枚畳を上げ、真夏の太陽のもと庭に運び出して干す。汗が噴き出し、タオルで流れる汗を拭う頃、父が家庭用のかき氷機でガリガリと氷をかき始め、皆にふるまう。世界最高峰の山の名前が付いた、このかき氷機を買ってきたのも父。決して裕福とは言えなかった我が家の宝物。汗だくになりながら、幼いなりに一生懸命に働いた私には、何にも優る最高のご褒美だった。
さて、今年の夏である。環境省は4月24日から「熱中症特別警戒アラート」等の運用を開始した。近年の気候変動等の影響により、熱中症による救急搬送が数万人を超え、死亡者数も高い水準で推移している状況を踏まえ、気候変動適応法を改正しての取り組み。東京労働局でも、健康課を中心として「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」をスタートさせた。各職場でも、この夏の状況を凝視し、熱中症対策の工夫を重ね、一人も取り残さず無事に乗り越える夏に。
あの夏の日。父は、どんな思いでかき氷機のハンドルを回したのだろうか。もう尋ねることもできないが、かき氷には家族への思い遣りが満ちていた。周囲の人々への思い遣り。職場の災害防止の根底にもあるこの気持ちを、大切にする夏でありたい。
(小太郎)

令和6年5月号会報「東基連」編集後記

まるでスローモーションのように、ゆっくりと時が流れる一瞬であった。四ツ谷駅から麹町駅方向に向かう新宿通り。お洒落な敷石が敷き詰められた歩道。右足の革靴のつま先が、敷石の僅かな段差に引っ掛かった。直ぐに左足を前に出そうとしたが、その左の革靴のつま先も同じ敷石の段差に引っ掛かり、両足が揃った状態で体が前のめりに。地面が目の前に近づいて来る。咄嗟に両手を前に出す。まず両膝が地面にぶつかる衝撃。続いて両手の掌(てのひら)がぶつかる。背負ったリュックサックが頭の上をゆっくりと1回転。体を前に投げ出す状態で倒れ込んだ。
傍らを歩いていた若い女性が「大丈夫ですか!」と駆け寄る。リュックサックが頭に乗り、その重みで立てない。彼女の助けを借りて、ようやく立ち上がることができた。お礼を述べながら段差を見ると、1ミリも無い。人は段差が無くても転ぶというが、本当だった。 
この転倒で、高年齢者となった自身の身体能力の低下を実感した。これまでは青・壮年期の労働者を対象とした安全衛生対策であった。しかし、高年齢労働者の増加によって、幅広い年齢層を対象とした『フレンドリー』な対策が喫緊の課題と痛感した。そう、段差が無くても人は転ぶ。
東京労働局の「令和6年度の主な重点施策」をまとめた、「東京の労働行政Profile2024」。その冒頭には、「安心して働き活躍できるTOKYOへ」とのスローガン。この「TOKYO」とは、「安心して働き活躍できる職場の集合体」でもあろう。このスローガンが示されて1か月が経過した今、「Profile2024」のページを捲りながら、我が職場を見つめ直す機会を設けてはどうだろうか。
転倒防止のみならず、全ての分野にわたり、意識と設備の双方の改革に挑む令和6年度でありたい。 
(小太郎)

令和6年4月号会報「東基連」編集後記

春は歓送迎会の季節。しかし、遡ること4年前の令和2年。横浜港に寄港したクルーズ客船での集団感染に象徴されるように、日本中に新型コロナウイルス感染症による困惑と不安が渦巻いていた。厚労省が「3つの密(密閉・密集・密接)」を避けるようにと公表。私の周囲では、全ての歓送迎会が中止となった。
今年の2月、「令和2年春の送別会を開催したい」との連絡が。異動の頻繁な組織なだけに、全員が当時の部署から離れていた。しかし、遠方にいる数名を除き14名が関東一円から集った。4年のブランクは瞬時に消え去り、当時の思い出話と現在の話。結婚した者、子供ができた者。時の流れは、それぞれの人生に新たな歩みを刻んでいた。
そして4年振りに出会う顔(かんばせ)は、全員が輝く笑顔に弾けていた。特に若い世代は、その相貌を大きく変えていた。どこか不安そうな気配を滲ませていた者たちは、確かな自信を内に秘めた表情に。屈折した感情を隠せなかった者たちは、真っ直ぐに前を向く明朗な姿へ。この年月の彼らの努力。そして彼らの上司・先輩・同僚たちの働きが、変化に繋がったことは間違いない。私ができ得なかったこと。感謝が溢れ、胸が熱くなった。
英語の「confidence(コンフィデンス)」は、「信頼」とも「自信」とも訳される。信頼は外側の問題、自信は内側の問題と捉えがちだが、その2つが一語に含まれている。信頼関係に包まれた動きの中で自信が生まれ、自信が満つる中で信頼関係が強くなる。「信頼と自信」は一体の存在。青年世代を信頼し、大切に育んでいきたい。そこで生まれた自信が次代を切り拓く。若い人を大切にする組織に、行き詰まりは無い。  
さて、我が職場の春の歓迎会。まずは有志による準備企画会を開催しましょう。勿論、会場はいつものあのお店で。
                     
(小太郎)

令和6年3月号会報「東基連」編集後記

「いちご狩り」に夢中になるとは思いもしなかった。昭和30年代生まれの私。子供の頃はもとより、成人した後になっても「いちご狩り」の経験は全く無かった。その言葉は知っていたが、どこか遠い世界のお伽話。男の行く場所ではないとも。妻に誘われても、首を縦に振らなかったのは、つまらない男の沽券の故か。
転機は、思いがけないところから訪れた。大正生まれの岳父が「一度、いちご狩りと云うものに行ってみたい」と。嬉々として準備する妻。引き摺られるように向かった、初めての観光いちご農園。30分食べ放題でこのお値段。少々お高いと感じた気持ちは、大粒の「とちおとめ」を口に運んだ瞬間、消え去った。
円錐形で濃く鮮やかな赤色。強い甘みに程よい酸味。果汁たっぷりの果肉。次から次へと手が伸びる。この列は「やよいひめ」、あちらは「章姫(あきひめ)」、「紅(べに)ほっぺ」と。まるで子供のような自分。しかも止まらない。男の沽券は吹き飛んだ。
先月、東基連・中央支部が「女性活躍推進セミナー2023」を開催。清水建設(株)・西岡真帆DE&I推進部長と、東京労働局・横山ちひろ総括指導官からご講演を頂いた。「ダイバーシティ(多様な属性の個人が認められて参画できる環境)」と「インクルージョン(全ての従業員が互いに尊重され、能力を十分に発揮できている状態)」。この二つは不可分な関係にあり、誰もが働きやすい環境を目指していく中で、最重要事項であることを、お二人の講演を聞きながら改めて実感した。
個人の能力を最大限に引き出す鍵も、ここにある。社会は多様な属性を持つ人々から構成されている。その中で、互いの尊重を妨げる要因に根拠の無い思い込みがあろう。数十年にわたり「いちご狩り」を拒否していた私もまた、勝手な思い込みから素敵な機会を逃していた。
さあ、3月は苺の旬。「いちご狩り未体験」のご同輩。このシーズンこそ、騙されたと思って、一度「いちご狩り」に出掛けてみませんか。
(小太郎)

令和6年2月号会報「東基連」編集後記

アルバムから古い写真を探し出した。30数年前の長男の誕生日祝い。ようやく立ち歩き始めた1歳になる彼。祖父母から贈られた丸い一升餅を風呂敷で背負い、満面の笑みを浮かべ、覚束(おぼつか)ない足取りながら、嬉しそうに一歩二歩と。このあと、尻もちをつき、泣き出したのはご愛敬。
地域によって形は違うが、「一升餅」「背負餅」等と呼ばれる、満1歳になる赤ちゃんの成長を祝う伝統行事。風呂敷などに一升(約1.8キロ)の餅を包み、子供に背負わせて歩かせ、子供の一生の幸せを願うもの。「一升」と「一生」をかけ、「一生食べ物に困りませんように」との願いを込め。また、一升餅の丸く平たい形には「一生円満に過ごせますように」との思いが。
最近、「心理的安全性(psychological safety)」という言葉をよく耳にする。その意味は「組織やチームのなかで、誰もが率直に、思ったことを言い合える状態」と。ハーバード・ビジネススクールのエイミー・C・エドモンドソン教授が発表。その後、Googleが「心理的安全性が高い組織ほど、パフォーマンスが向上する」との調査結果を公表し注目を集めた。
詳しい説明は専門家の著述に委ねるが、健全な意見の衝突がチームの活性化を促すのは確かであろう。そして、メンバー間の深い信頼関係。仲間の成長と幸福を願う気持ちが満ちている組織。そこにこそ、高い生産性が生まれることを立証したものであろうか。
一升餅を背負った長男は30歳代の後半に足を踏み入れ、厳しい社会の真っただ中にいる。長男だけでなく、多くの人があの時のように、尻もちをつき、転び、立つのも難しい日々を送っているかもしれない。しかし、誰もが迎えた1歳の誕生日。あの日、あなたを囲み、あなたを見守った人々の思いは今も変わらない。一人ではない。
間もなく、彼の息子が1歳の誕生日を迎える。私と妻から、一升餅を贈らせて貰おう。「一生食べ物に困りませんように」「一生円満に過ごせますように」との願いを込めて。
(小太郎)