令和6年11月号会報「東基連」編集後記

鳥甲山(とりかぶとやま)の東側の切れ落ちる絶壁。「第二の谷川岳」とも称されるこの絶壁を仰いだ時、その荘厳さに息を飲んだ。鳥甲山が聳える長野県栄村から新潟県津南町にまたがる中津川沿いの一帯は、「秘境・秋山郷(あきやまごう)」と呼ばれる紅葉の名所。旧友たちと連れ立って訪れた10月の下旬。津南町から栄村を経由し奥志賀に抜ける林道は、視界の全てが燃えるような紅葉に包まれていた。年に2回の旧友たちとの旅も17年目。回を重ねた分、年齢も重ねた。旅の話題の多くが、それぞれの持病の話に。齢を取るほど具合が悪い箇所が増えるのも、これもまた致し方ないことか。
都産健協の「定期健診・年齢別有所見率」調査によれば、年齢が上がるほど有所見率は高くなる傾向にある。例えば男性は、35~39歳68.1%、40~44歳73.5%、50~54歳80.2%。このデータを見ると、有所見率の高さに改めて驚かされる。有所見率が高い以上、再検査、精密検査を求められる人も多いに違いない。
健診結果を踏まえた法定の「医師等の意見聴取」等の実施は大切。その上で、「再検査又は精密検査を行う必要のある労働者に対して、検査受診を勧奨する」こともまた、事業者は求められている(「健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」)。
9月の「職場の健康診断実施強化月間」を皮切りに定期健診を進めてきた企業も多く、要再検査等の対象者の把握も始まっていよう。早期発見が早期の治療に繋がる。衛生管理者を始めとする産業保健スタッフの受診勧奨の取り組みが、命を救う契機となった事例は数多い。
多発性骨髄腫を発症し、働きながら数年にわたり治療を続けてきた大学の同期生。先日、「主治医から寛解を告げられた」との連絡が。油断は出来ないが、彼の病気との闘いを思い返し喜びあった。さて、鳥甲山の絶壁を共に見上げた旧友たち。この旅を続けるためにも、彼らに、再検査等の受診を強く勧めることとしよう。「先ずは小太郎だろう!」と言われるのは間違いないが。
                
(小太郎)

令和6年10月号会報「東基連」編集後記

ふと思い立ち、秋の奈良を訪れたことがある。爽やかに澄みわたった雲一つない秋天。奈良公園では、金色に輝く銀杏の葉が頭上を覆い、芝生には鹿の群れが。修学旅行中と思われる中学生達が、鹿たちに鹿煎餅を与えながら歓声をあげていた。古都・奈良は、中高生の修学旅行先としても多く選ばれるところ。懐かしい思い出をお持ちの方もおられるだろう。
奈良公園の鹿と中学生達の記憶が蘇ったのは、中学校の校長を務める知人との会話から。彼が云うには「来年の修学旅行の貸し切りバスの手配が、上手く進んでいない」と。自動車運転者等の時間外労働の上限が規制された「2024年問題」。トラックだけでなくバスの運転者についても、時間外労働の制約などで人手不足の状況が生じ、修学旅行の受注を制限するバス会社が出て来ていると。
それぞれが準備を進めて迎えた、本年4月の「建設業、自動車運転の業務、医師等」の時間外労働の上限規制。この10月1日で半年が経過。この間、様々な事象が顕在化してきた。病院勤務医の24%が未だ上限時間を超えて労働しているのではとの報道も目にしたが、家族からは「定期的に通院していた病院の診療時間が短くなった」との話も。予想されたことではあるが、時間外労働の上限規制という大きな変化のもと、全ての人が当事者となっている。
ここで大切なことは、後戻りは出来ないということ。一部の人の過労死にも繋がる長時間労働で支えられる社会であってはならない。いずれの関係者も法令遵守を踏まえながら、「命を守る」という大命題のもと懸命に取り組んでいる。その取り組みへの皆の応援が、社会をより良き方向に導いていくに違いない。
ヴィクトル・ユーゴーは「レ・ミゼラブル」の中で「未来には幾つかの名前がある。(中略)勇敢な者はそれを理想と呼ぶ。」と。奈良公園で鹿と遊ぶ中学生達の未来。その未来を理想に溢れたものとするのは、今に生きる私達の姿勢であり行動である。
      
(小太郎)

令和6年9月号会報「東基連」編集後記

パキスタンのイスラマバードに駐在している友人から、「日本への異動の辞令が出た。」との連絡が。令和2年に日本を離れ、タイのバンコクに赴任。隣国のミャンマーでは、翌年にクーデターが発生。そして、令和4年にパキスタンに異動した。時折届くLINEからは、現地スタッフと共に活躍している姿が窺えた。送られてきた写真には、現地の人々に囲まれ顎髭を蓄えた姿や、漸く訪れたというカラコルム山脈のK2も。
私もまた、彼の無事を祈りながら四季の写真を送ってきた。イチゴ狩り。桜並木。五月の鯉のぼり。大輪の花火。錦秋の紅葉。東京の突然の大雪。その中には「檜葉(ひば)」の写真も。檜葉は檜(ひのき)科に属し、別名は「ヒノキアスナロ」。四国、九州に分布する「アスナロ」が、寒い北の地方で育つように変種したもの。建築材の中でも耐朽性に優れ、1124年に上棟された中尊寺金色堂にも使用されている。
長い人生である。大変な業務を担当することもある。思いとは異なる仕事に就くことも。そんな時は一人で抱え込まず、まずは信頼できる人に思いの丈をぶつけてみよう。何でもいい。上手に話せなくてもいい。ともかく心の内を聞いて貰おう。人生という劇の脚本を書くのも、演じるのも自分自身。どのような展開になっても、振り返ってみたとき、自身を更に高める方向へ歩み出しているに違いない。檜葉が北国の寒さの中で、高い耐朽性を得てきたように。
帰国する彼の新たな赴任地は、中部地方とか。この地の長良川では「鵜飼い」が行われている。漆黒の闇の中、鵜舟の篝火に照らされ浮かび上がる鵜匠と鵜。幻想的な絵巻物の如き世界。仲秋の一夜、揺れる舟の上で、涼やかな川風に吹かれながら、一献酌み交わす一幕を刻みたい。人生の劇はこれからも続く。
(小太郎)

令和6年8月号会報「東基連」編集後記

万緑の山々に囲まれ、山間(やまあい)を縫うように流れる神流川。この清流に沿う群馬県上野村の集落の傍らに、慰霊の園がある。昭和60年(1985年)8月12日に発生した日航ジャンボ機御巣鷹山墜落事故では、520名の方が犠牲になられた。ここ慰霊の園には、合掌を模(かたど)った慰霊塔と納骨堂が建てられ、慰霊塔を取り囲むように半円形に犠牲者の氏名を彫り込んだ石碑が。年に数回訪れるが、氏名を読み進むうちに、いつもやり場のない怒りと哀しみが込み上げてくる。
39年前のあの衝撃は忘れられない。前日の8月11日の夕刻、妻は生後6か月の長男を抱き、羽田空港から大阪伊丹空港へ向かう日航機に乗っていた。職場の先輩のお父様が事故機に搭乗し、犠牲になられたとの話も伝わってきた。誰もが他人事では無いと、テレビ・新聞等の報道に噛り付いた。忘れられない。忘れてはならない。 
今年の1月、羽田空港で日航機と海上保安庁の航空機が衝突。海保機の乗員5名の方々が亡くなられた。日航機の乗客乗員379人は全員脱出。様々な論評があったが、「8・12連絡会」の事務局長を務める美谷島邦子さんが、海保機の乗員の死を悼んだうえで、日航機の乗客乗員全員が避難できたことについて、「日頃の訓練、命を守る意識の賜物だと思う」と述べた言葉が印象に残っている。
日本航空では「三現主義」に基づく取り組みを進めているという。現地(事故現場)に行き、現物(残存機体、ご遺品等)を見て、現人(事故に関わった方)の話を聞くことで、物事の本質が理解でき、意識の奥底から安全の重要性が啓発されると。美谷島さんの言う「命を守る意識」は、このような教育・訓練から育まれたものであろうか。
私達の労働現場には、ハラスメント、過重労働、不安全な作業環境、有害物など危険な事象は幾つも存在している。これらが命を脅かすものであると、意識の奥底から認識し、「命を守る意識」を持って立ち向かってゆくことを確認する8月としたい。
  (小太郎)

令和6年7月号会報「東基連」編集後記

6月の全国安全週間準備期間では、多くの企業・団体が安全に関する催しを開催した。
ある建設会社の安全大会での来賓の挨拶。その来賓は冒頭で、信号の無い十字路に、毎 月決まった日に花束と缶ジュースが添えられること。そして、かなりの年月が経つが、 花は絶えることなく毎月添えられていること。恐らく交通事故の被害者のご遺族か親し かった友人の方々が、いつまでも故人を偲んで置かれるのであろうと。
そして、建設現場においてはそのようなことは出来ないが、せめてこうした大会の日に、災害に遭われた方々に対して「私たちは皆さんの残してくれた教訓を忘れません。それを守り日々安全に取り組んでいます」と報告することもまた、安全大会の一つの意義であろうと語った。
労働安全衛生の傍らに立つ者の一人として、多くの労働災害の調査に立ち会ってきた。その全てを鮮明に記憶している。
17歳の労働者が機械に激突され亡くなった。災害調査を進める現場に、被災者の母が現れ、花束を握りしめながら、いつまでも立ち尽くしていた。こんなことはあってはならないと強く思った。
本号の発行日である7月1日は、全国安全週間の初日でもある。この日を「安全の元日」と呼ぶ人もいる。これから始まる1年間の「無事故・無災害」を祈るスタートの日。「我が職場では災害は絶対に起こさない」と、皆で決意を固める日でもあろう。
7月1日がスタートの日ならば、ゴールは1年後の今日。次に迎える7月1日に、職場の全員で「無事故・無災害」のゴールテープを切るとの決意を、日々新たにする365日でありたい。
(小太郎)

令和6年6月号会報「東基連」編集後記

秩父天然氷の蔵元が営む「かき氷専門店」を友人と訪ねた。高さ20センチ以上のフワフワの真っ白なかき氷。天然氷は結晶が大きく、ふわっと削れるのが特徴。そっとスプーンで掬い口に運ぶと、氷は一瞬で溶け、身体中が冷え渡る。厳寒の冬、山間の製氷池に清冽な伏流水を引き入れ、自然のままに凍らせる。切り出された天然氷は、1年を通し多くの人々を癒してくれる。
かき氷を味わうと思い出す。幼い夏の日、家族総出の大掃除。家具を動かして一枚一枚畳を上げ、真夏の太陽のもと庭に運び出して干す。汗が噴き出し、タオルで流れる汗を拭う頃、父が家庭用のかき氷機でガリガリと氷をかき始め、皆にふるまう。世界最高峰の山の名前が付いた、このかき氷機を買ってきたのも父。決して裕福とは言えなかった我が家の宝物。汗だくになりながら、幼いなりに一生懸命に働いた私には、何にも優る最高のご褒美だった。
さて、今年の夏である。環境省は4月24日から「熱中症特別警戒アラート」等の運用を開始した。近年の気候変動等の影響により、熱中症による救急搬送が数万人を超え、死亡者数も高い水準で推移している状況を踏まえ、気候変動適応法を改正しての取り組み。東京労働局でも、健康課を中心として「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」をスタートさせた。各職場でも、この夏の状況を凝視し、熱中症対策の工夫を重ね、一人も取り残さず無事に乗り越える夏に。
あの夏の日。父は、どんな思いでかき氷機のハンドルを回したのだろうか。もう尋ねることもできないが、かき氷には家族への思い遣りが満ちていた。周囲の人々への思い遣り。職場の災害防止の根底にもあるこの気持ちを、大切にする夏でありたい。
(小太郎)

令和6年5月号会報「東基連」編集後記

まるでスローモーションのように、ゆっくりと時が流れる一瞬であった。四ツ谷駅から麹町駅方向に向かう新宿通り。お洒落な敷石が敷き詰められた歩道。右足の革靴のつま先が、敷石の僅かな段差に引っ掛かった。直ぐに左足を前に出そうとしたが、その左の革靴のつま先も同じ敷石の段差に引っ掛かり、両足が揃った状態で体が前のめりに。地面が目の前に近づいて来る。咄嗟に両手を前に出す。まず両膝が地面にぶつかる衝撃。続いて両手の掌(てのひら)がぶつかる。背負ったリュックサックが頭の上をゆっくりと1回転。体を前に投げ出す状態で倒れ込んだ。
傍らを歩いていた若い女性が「大丈夫ですか!」と駆け寄る。リュックサックが頭に乗り、その重みで立てない。彼女の助けを借りて、ようやく立ち上がることができた。お礼を述べながら段差を見ると、1ミリも無い。人は段差が無くても転ぶというが、本当だった。 
この転倒で、高年齢者となった自身の身体能力の低下を実感した。これまでは青・壮年期の労働者を対象とした安全衛生対策であった。しかし、高年齢労働者の増加によって、幅広い年齢層を対象とした『フレンドリー』な対策が喫緊の課題と痛感した。そう、段差が無くても人は転ぶ。
東京労働局の「令和6年度の主な重点施策」をまとめた、「東京の労働行政Profile2024」。その冒頭には、「安心して働き活躍できるTOKYOへ」とのスローガン。この「TOKYO」とは、「安心して働き活躍できる職場の集合体」でもあろう。このスローガンが示されて1か月が経過した今、「Profile2024」のページを捲りながら、我が職場を見つめ直す機会を設けてはどうだろうか。
転倒防止のみならず、全ての分野にわたり、意識と設備の双方の改革に挑む令和6年度でありたい。 
(小太郎)

令和6年4月号会報「東基連」編集後記

春は歓送迎会の季節。しかし、遡ること4年前の令和2年。横浜港に寄港したクルーズ客船での集団感染に象徴されるように、日本中に新型コロナウイルス感染症による困惑と不安が渦巻いていた。厚労省が「3つの密(密閉・密集・密接)」を避けるようにと公表。私の周囲では、全ての歓送迎会が中止となった。
今年の2月、「令和2年春の送別会を開催したい」との連絡が。異動の頻繁な組織なだけに、全員が当時の部署から離れていた。しかし、遠方にいる数名を除き14名が関東一円から集った。4年のブランクは瞬時に消え去り、当時の思い出話と現在の話。結婚した者、子供ができた者。時の流れは、それぞれの人生に新たな歩みを刻んでいた。
そして4年振りに出会う顔(かんばせ)は、全員が輝く笑顔に弾けていた。特に若い世代は、その相貌を大きく変えていた。どこか不安そうな気配を滲ませていた者たちは、確かな自信を内に秘めた表情に。屈折した感情を隠せなかった者たちは、真っ直ぐに前を向く明朗な姿へ。この年月の彼らの努力。そして彼らの上司・先輩・同僚たちの働きが、変化に繋がったことは間違いない。私ができ得なかったこと。感謝が溢れ、胸が熱くなった。
英語の「confidence(コンフィデンス)」は、「信頼」とも「自信」とも訳される。信頼は外側の問題、自信は内側の問題と捉えがちだが、その2つが一語に含まれている。信頼関係に包まれた動きの中で自信が生まれ、自信が満つる中で信頼関係が強くなる。「信頼と自信」は一体の存在。青年世代を信頼し、大切に育んでいきたい。そこで生まれた自信が次代を切り拓く。若い人を大切にする組織に、行き詰まりは無い。  
さて、我が職場の春の歓迎会。まずは有志による準備企画会を開催しましょう。勿論、会場はいつものあのお店で。
                     
(小太郎)

令和6年3月号会報「東基連」編集後記

「いちご狩り」に夢中になるとは思いもしなかった。昭和30年代生まれの私。子供の頃はもとより、成人した後になっても「いちご狩り」の経験は全く無かった。その言葉は知っていたが、どこか遠い世界のお伽話。男の行く場所ではないとも。妻に誘われても、首を縦に振らなかったのは、つまらない男の沽券の故か。
転機は、思いがけないところから訪れた。大正生まれの岳父が「一度、いちご狩りと云うものに行ってみたい」と。嬉々として準備する妻。引き摺られるように向かった、初めての観光いちご農園。30分食べ放題でこのお値段。少々お高いと感じた気持ちは、大粒の「とちおとめ」を口に運んだ瞬間、消え去った。
円錐形で濃く鮮やかな赤色。強い甘みに程よい酸味。果汁たっぷりの果肉。次から次へと手が伸びる。この列は「やよいひめ」、あちらは「章姫(あきひめ)」、「紅(べに)ほっぺ」と。まるで子供のような自分。しかも止まらない。男の沽券は吹き飛んだ。
先月、東基連・中央支部が「女性活躍推進セミナー2023」を開催。清水建設(株)・西岡真帆DE&I推進部長と、東京労働局・横山ちひろ総括指導官からご講演を頂いた。「ダイバーシティ(多様な属性の個人が認められて参画できる環境)」と「インクルージョン(全ての従業員が互いに尊重され、能力を十分に発揮できている状態)」。この二つは不可分な関係にあり、誰もが働きやすい環境を目指していく中で、最重要事項であることを、お二人の講演を聞きながら改めて実感した。
個人の能力を最大限に引き出す鍵も、ここにある。社会は多様な属性を持つ人々から構成されている。その中で、互いの尊重を妨げる要因に根拠の無い思い込みがあろう。数十年にわたり「いちご狩り」を拒否していた私もまた、勝手な思い込みから素敵な機会を逃していた。
さあ、3月は苺の旬。「いちご狩り未体験」のご同輩。このシーズンこそ、騙されたと思って、一度「いちご狩り」に出掛けてみませんか。
(小太郎)

令和6年2月号会報「東基連」編集後記

アルバムから古い写真を探し出した。30数年前の長男の誕生日祝い。ようやく立ち歩き始めた1歳になる彼。祖父母から贈られた丸い一升餅を風呂敷で背負い、満面の笑みを浮かべ、覚束(おぼつか)ない足取りながら、嬉しそうに一歩二歩と。このあと、尻もちをつき、泣き出したのはご愛敬。
地域によって形は違うが、「一升餅」「背負餅」等と呼ばれる、満1歳になる赤ちゃんの成長を祝う伝統行事。風呂敷などに一升(約1.8キロ)の餅を包み、子供に背負わせて歩かせ、子供の一生の幸せを願うもの。「一升」と「一生」をかけ、「一生食べ物に困りませんように」との願いを込め。また、一升餅の丸く平たい形には「一生円満に過ごせますように」との思いが。
最近、「心理的安全性(psychological safety)」という言葉をよく耳にする。その意味は「組織やチームのなかで、誰もが率直に、思ったことを言い合える状態」と。ハーバード・ビジネススクールのエイミー・C・エドモンドソン教授が発表。その後、Googleが「心理的安全性が高い組織ほど、パフォーマンスが向上する」との調査結果を公表し注目を集めた。
詳しい説明は専門家の著述に委ねるが、健全な意見の衝突がチームの活性化を促すのは確かであろう。そして、メンバー間の深い信頼関係。仲間の成長と幸福を願う気持ちが満ちている組織。そこにこそ、高い生産性が生まれることを立証したものであろうか。
一升餅を背負った長男は30歳代の後半に足を踏み入れ、厳しい社会の真っただ中にいる。長男だけでなく、多くの人があの時のように、尻もちをつき、転び、立つのも難しい日々を送っているかもしれない。しかし、誰もが迎えた1歳の誕生日。あの日、あなたを囲み、あなたを見守った人々の思いは今も変わらない。一人ではない。
間もなく、彼の息子が1歳の誕生日を迎える。私と妻から、一升餅を贈らせて貰おう。「一生食べ物に困りませんように」「一生円満に過ごせますように」との願いを込めて。
(小太郎)

令和6年1月号会報「東基連」編集後記

本誌の1月号は、毎年、富士の雄姿が表紙を飾ってきた。今年も、清新な気持ちを呼び起こす凛然たる富士の姿。編集を担当する職員が、自ら富士五湖周辺に足を運び撮影したもの。満足のいく瞬間に出会えるまで、数回にわたり訪れた年も。年の初めとなるこの佳き時、本誌を手に取る方々が、期待を胸に1年の歩みを開始されますようにとの願いを込めて。
通勤途上。ふと顔を上げると、澄み切った冬空の彼方に、白く輝く富士の姿が。迫り来る富士の出現に思わず息をのむ。古来、富士の別名は多い。「不二」「不尽」。また「芙蓉」「富嶽」。いずれにせよ、その優美な姿は長年にわたり、多くの人々に希望を与え、励まし続けてきたとも言えよう。
厚生労働省は、昨年の10月に「新しい時代の働き方に関する研究会報告書」を公表した。新しい時代を見据えた、労働基準関係法制度の課題を整理することを目的とした検討結果の公表。この報告書の最終章のタイトルは、「未来を担う全ての方へ」。その中に心に留まる一節があった。「誰もが『人生の主人公』として自発的にキャリアを形成し、『働くこと』に希望や期待を持てる環境を、働く人だけでなく、企業、社会、国が協働して創り上げていくことが、今まさに求められている。」と。
未来の人たちも、富士を見上げるのだろう。そして、玲瓏たる富士の姿から希望と期待を受け取るのだろう。その未来の人たちに、未来の何処かの地点で言って貰えるだろうか。「振り返れば、誰もが人生の主人公として、働くことに希望や期待を持てる環境を、人々が創りあげていったのは、あの頃からだった」と。
厳寒のなか、富士を撮影する職員の姿に学び、今まさに求められていることを、自身のできることから始める1年としたい。
(小太郎)

令和5年12月号会報「東基連」編集後記

居心地の良いうどん屋さんに出会った。店名に「串焼き」ともあり、夜は居酒屋に。しかし、ご主人が工夫する多彩な創作「肉汁うどん」が評判を呼び、いつしか老若男女が集う大人気店に。この店に入るだけでホッとする不思議さ。そして、私の一番の推しは「炙り鶏の柚子塩つけうどん」。これが美味しい。
しかし、旨いからと言って居心地の良い店とは限らない。いつも笑顔で、さり気なくお客さんの気持ちを掬い取る女将さん。顔は怖いが腕は確かで、訪れた客の好みを決して忘れないご主人。明るく気が利くスタッフ達。それらが渾然一体となり醸し出される、配慮に満ちた温かな雰囲気。これが居心地が良いと感じる理由であろうか。
ある上司から「人を『励ます』とは、その人に『自信を持たせること』。」と教えられた。自信を持たせるとは、「相手が本来持っている力を見つけ引き出すこと」とも。それは、相手をよく知ろうとするところから始まるのだろう。その人の話に耳を傾け、受け入れ、その通りだと共感する。そして、見えて来た本来持っている力の可能性を最大限に評価する。冒頭に紹介したうどん屋さんの「居心地の良さ」にも相通じる、配慮に満ちた信頼関係は周囲へも波及していくに違いない。
年頭の「編集後記」に、本年の歩みを開始するにあたり「会員の方々に必要とされるものを先駆けてお届けすることを心に定め」と記した。
この約束を果たすために、職員一同が懸命に駆け抜けた一年であったように感じる。これを更に確かなものとするためにも、職員を始め係わる人たちが居心地の良さを感じる職場であり続けたい。
今年もあと僅か。もうひと踏ん張りし、暮れには、居心地の良いうどん屋さんに年越し蕎麦ならぬ、年越しうどんを食べに行こう。オーダーは、「炙り鶏の柚子塩つけうどん」で。
(小太郎)

令和5年11月号会報「東基連」編集後記

先日、卒業45周年を記念する高校の同窓会が母校で開催された。5年毎の旧友たちとの出会い。前回との大きな違いに驚いた。それは、肥満体型仲間の激減。私と同様のお腹ポッコリは僅か2名に。悪友たちは、内科医を務める同期生の前に私を連れて行きアドバイスをと。「皆、どうして瘦せたのだろう」と訝る私。彼は「小太郎は大病をしていないだろう」と一言。確かにここまで、大きな病気を患ったことはない。彼は言葉を重ねた。「みんなは、大病を経験したんだよ。病と向き合い、真剣に体調管理に努めてきた。その結果だよ」と。
人生において、年齢に関係なく病気は襲ってくる。厚生労働省は「事業場における治療と仕事の両立支援ガイドライン」で、主治医や産業医等の意見を勘案し、配置転換、作業時間の短縮、その他の必要な措置を講じ、就業の機会を失わせないよう留意することを事業者に求めている。更に入院等による休業を要しない場合、要する場合について、「両立支援プラン」の策定等、それぞれ配慮すべき事項を示している。
「幸福の第1条件は健康である」と。その上で「病気になることが不幸なのではなく、病苦に負けてしまうことが不幸なのである」とも。病苦に負けぬ為に、職場を始め周囲の人々の配慮と励ましが支えとなる。寄り添われ、励まされることによって、人は立ち上がることができるのだから。
今回の同窓会。欠席者からのメッセージも読み上げられた。その中で幾人ものメンバーが、闘病中であること、入院加療中であることを明かし、病を克服し5年後の集いに参加することを約した。今、彼らの快復と皆の健康を真剣に祈っている。
さて、このお腹ポッコリをシュッ!とした体型に変え、5年後には旧友たちをあっと言わせるミッションを開始しよう。いや、開始する!
(小太郎)

令和5年10月号会報「東基連」編集後記

薄の穂が膨らみ、艶やかに輝く栗が店先に出回る季節を迎えた。栗と言えば「ごんぎつね」を思い出す。昭和7年、児童文学作家の新美南吉が18歳の時に雑誌「赤い鳥」に発表した「ごんぎつね」。小学校の国語の教科書にも採用されており、懐かしく思い出す人も多いに違いない。
一人ぼっちの悪戯好きの小狐ごんは、兵十が川で捕った鰻や魚を逃がしてしまう。10日ほど経って、兵十の母の葬列に出会ったごん。自分が逃がした鰻は兵十の母が食べたいと願い、それに応えようと兵十が捕った鰻であると思い、「あんな悪戯をしなければ良かった」と後悔する。そして、栗を拾って兵十の家に毎日届けるように。自分と同じく一人ぼっちになった兵十に自らを重ね、寄り添おうとするごんの姿が健気でいじらしい。
秋、野山から贈られる宝物は幾つもある。岐阜県西濃地域に住む先輩から、名産の富有柿が届くようになって久しい。何十年も前に初任地で出会い、お世話になった先輩。今も変わらず、真摯に真剣に生き抜く姿に勇気を頂いている。
北信濃への赴任経験を持つ知人から、長野県の友人から頂いたという小布施の栗のお裾分が。「たった2年間、職場を共にした関係だが、生涯の友を得た」と。「贈られた栗は、何よりも甘く、元気が出る」とも。
人との出会いを大切にしたい。職場であれ地域であれ、短い期間であったとしても、共に過ごす時間の中で理解し励まし合う関係へ。大切なのは相手を思う真心と、それを行動で示すこと。そう、ごんが届けたのは栗だけではない。 
(小太郎) 

令和5年9月号会報「東基連」編集後記


「働き方改革の推進」を冠に掲げた「建設工事関係者連絡会議」が、立川労働基準監督署の主催で7月の末に開催された。今までも、労働災害防止を目的とする「公共工事発注者会議」は行われていた。しかし、今回の会議は「働き方改革の推進」を主眼として実施する東京労働局管内では初の試み。立川署管内の各地方自治体等の21の担当部署から、建設施工業者の長時間労働抑制に繋がる発注者としての好事例が紹介された。国土交通省や東京都からは、デジタル技術を活用した取り組み事例も。
この試みの背景には、2024年問題とも言われる「建設事業」「自動車運転の業務」「医師」の3つの事業・業務への、「時間外労働の上限規制の適用」が来年4月に迫っていることがある。事業者単独の努力で乗り越えられる課題ではないことは、社会的にも広く認知されてきた。労働人口の減少も背景に、長時間労働の抑制には、発注者側の適正な工期・単価等の設定が必須であると。
しかし、事業者、発注者の対応だけで解決できる問題ではない。食料品を始め私達が手にする殆どの物は、物流事業者が運んでいる。運ぶ道路や橋脚等を維持し、修繕しているのは建設事業者である。全ての事象が複雑に絡み合い、支え合っている私達の社会。他者の時間外労働の抑制が自身の痛みに繋がる場合もあり、多くの理解と共感が何よりも必要とされている所以である。
働き方改革関連法が明らかになった時、「過労死等認定基準で示された時間数以上の時間外労働が認められなくなった」と思ったことを覚えている。社会の発展、人々の幸福の為に働く人が、長時間労働で健康を害して良い訳がない。
故事に「胸中(きょうちゅう)に成竹(せいちく)あり」とある。竹の絵を描くには、まず胸中に竹の姿を思い描くこと。適用まで、あと7か月となった。私も長時間労働が抑制された身近な社会を胸中に思い描き、今いるこの場でその絵を描く一人でありたい。
                            
小太郎

令和5年8月号会報「東基連」編集後記

思わず心の中で「上手い! 座布団1枚あげてください!」と叫んでしまいました。東京労働局健康課が音頭を取って始めた、「Cool work TOKYO」ロゴマークのことです。東京労働局としては、5月から9月までの間、「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」の取組を推進していますが、新たな取り組みとして「Cool work TOKYO ロゴマーク」を作成。
街中でよく見かける「Safe Work TOKYO」のロゴマークはお馴染みですが、それを捩(もじ)った「Cool work TOKYO」。HPには「クールワークキャンペーンの名称とSafe Work TOKYOロゴマークを融合し、涼しげな水色でデザイン」と。このロゴマークはHPからもダウンロードができ、既に幾つかの建設会社では看板やヘルメットに活用。東京労働局健康課のアイデアに拍手です。
アイデアと言えば、夏になると埼玉県熊谷市の老舗蕎麦屋さんでは、カレーで暑さを乗り切ろうと、「ツタンカㇾー麺」が登場。エジプトのファラオ「ツタンカーメン」を捩(もじ)ったカレーうどん。やや細めの熊谷うどんをスパイスの効いた熱いカレール―が包み込み、表面には正四角推のピラミッドが鎮座。このピラミッド、実はさつま揚げ。食べ進むと傾きます。「暑いぞ!熊谷」のコピーで知られる熊谷市。平成19年に日本最高気温を計測したことを契機に「熱中症から市民を守る」と、沢山のアイデアをもとに暑さ対策、熱中症対策に取り組んでいるそうです。
熱中症対策として、ミスト噴霧による気化熱を利用した冷却システムや、ファン付き作業着など新たな工夫が多く活用されています。この夏は、各企業・団体ともアイデアを凝らし工夫に富んだ「我が社の熱中症対策」を。さあ、涼しげな「Cool work TOKYO ロゴマーク」を先頭に、Coolな職場環境を目指しましょう。
小太郎

令和5年7月号会報「東基連」編集後記

国立競技場で行われた「ジャパンラグビーリーグワン2022‐23」決勝。「クボタスピアーズ船橋・東京ベイ」が、ディフェンディングチャンピオンである「埼玉パナソニックワイルドナイツ」に勝利し、悲願の初優勝を果たしたことは記憶に新しい。
試合は「スピアーズ」がペナルティーゴールで先制。その後も得点を重ね、9-3で前半終了。後半、12-3と得点差を広げられた「ワイルドナイツ」が連続トライで逆転。逆に12-15とリード。しかし、最後まで諦めない「スピアーズ」が、後半29分にキックパスからトライ。17-15と再逆転。そのままの点差で試合終了。テレビでの視聴だったが、緊迫感のある攻防に、まさに手に汗握る、釘付けとなる80分間だった。
ラグビー憲章に掲げられる5つのコアバリュー。「品位」「情熱」「結束」「規律」「尊重」。この5つの言葉は、選手、指導者、フアンなどラグビーに関わる全ての人々に共有してほしい価値観とされている。5つに触れる紙幅は無いが、最後に置かれた「尊重」については、「チームメイト、相手、レフリー、および、ラクビ―に関わる人々を尊重することは、最も優先すべきことである」と。自分がトライしたケース。そのトライは自分の力だけでなく、仲間の努力が結集したものだから。
ここで「最も優先すべきこと」として、関わる人々を「尊重する」ことを挙げていることに敬意を表したい。私の職場にも多くの職員がいる。立場・職名は様々であるが、それは単に業務遂行における役割分担を示したもの。「スピアーズ」と「ワイルドナイツ」の決勝の80分間。あの試合のように、的確なキックでエリアを奪い、ペナルティーゴールを成功させ、繋いだパスからトライを目指す、互いに尊重する仲間の努力が結集する我が職場でありたい。 
小太郎

令和5年6月号会報「東基連」編集後記

上司から渡された紙片は、私と同年輩の女性が投稿した新聞記事の切り抜きだった。8年前の4月、息子さんを突然の事故で亡くされた。事故の原因は書かれていなかったが、桜散る季節のなか、意識不明の状態が2週間続き、桜が散った後、静かに23年の生涯を終えたと。「物言わぬ息子の顔をじっと見る。もう涙は枯れ果てていた」とも。そして、文章の最後は、「息子が見られなかったものを、この目で見るために、まだまだ生き続けるつもりだ」と結ばれていた。
ある製造工場の安全パトロールに同行した際のこと。年輩の社員が若いメンバーに対し、危険個所を覆うカバーの不備を強く指摘する場面に出会った。「巻き込まれたらどうなる。お前の指は、手は、身体は、お前だけの物じゃないんだぞ」。危険から命を守る場に、「真剣」以外の言葉は不要である。年配の社員の厳しい口調からは、仲間を守らんとする強い意志が伝わってきた。
「労働災害は、不安全な状態と不安全な行動が交差する時に発生する」と言われている。そして「人間はミスをする生き物である」とも。そうすると、災害が発生する可能性が無い職場は存在しないことになる。業種・職種を問わず、どの職場でも起こり得ると。しかし、それでも私達は労働災害の防止に挑む。
14次防がスタートし、安全週間準備期間も始まった。行政機関、関係団体、そして企業等の関係者は、改めて強く決意したい。「死亡事故・重大災害は絶対に起こさない」と。来年の、そしてその先の未来の、桜が咲き舞い散る光景を、輝く新緑の風景を、共に見るために。
小太郎
※文中「新聞記事」:令和5年4月13日付け 朝日新聞 朝刊「ひととき」欄・「桜散る季節に」

令和5年5月号会報「東基連」編集後記

小学校の3年生か4年生の時。2歳違いの弟と一緒に「肩たたき券」を作った。弟は鉛筆を握りしめ、平仮名で「かたたたきけん」と書いた。母の誕生日だったのか、それさえも覚えていない。ただ、二人で渡したその贈り物に、驚き、喜んだ母の笑顔は、今も鮮やかな記憶として蘇る。
長じて自分が親の立場になると、親が子供を心配する気持ちは、言葉に出来ないほど切ないものであることを知る。仕事に出た息子の帰りが遅くなった夜、「何かあったのかしら」と不安気に呟く妻の姿。その呟きは、息子が帰宅するまで何度となく続いた。息子が20歳代後半となり、帰りが遅いと親が心配する歳をとうに過ぎても、呟く妻の姿は変わらない。
ある企業の人事担当役員のこの言葉は、多くの人の心に残っている。「全ての社員が家に帰れば自慢の娘であり、息子であり、尊敬されるべきお父さんであり、お母さんだ。そんな人たちを職場のハラスメントなんかでうつに至らしめたり苦しめたりしていいわけがないだろう」(2012年1月30日:厚生労働省:職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキンググループ「報告」)。
「自慢の娘であり、息子であり」との一節。ここには父母の眼差しがある。労働契約関係を別の角度から見れば、働く全ての人は、親御さんから預かった大切な娘であり息子であると。その父母の思いに応えるためには、安心できる安全で快適な職場環境が求められる。
5月の第2日曜日の「母の日」。今年は5月14日。この時ばかりは子供に戻り、今は亡き母へ贈る「母の日」の贈り物を用意しよう。その中に、自分らしく働く、ありのままの私自身を加えたい。手作りの「肩たたき券」を、あれほどまでに喜んでくれた母は、どんな私でも喜んでくれるに違いない。
小太郎

令和5年4月号会報「東基連」編集後記


飛花落花の花吹雪。その数日後、桜の樹の下に佇むと、「桜、蘂降る」光景に出会う。「さくら、しべふる」と読む春の季語。桜の花弁が散った後に、蕚が雄蘂雌蘂と共に枝を離れ落下する様を表している。人は、蕚や蘂が降る様子にはなかなか気が付かない。樹の周囲に蕚達が薄い紅色の絨毯を描く姿を見て、桜への思いを新たにする。
この春、4月1日に、当連合会の三多摩地域4支部が運営する「東基連 たま研修センター」(立川市)がオープンした。東の「安全衛生研修センター」(江戸川区)と並び、安衛法に定める技能講習等を実施する西の拠点として、新たな学びの場となる。
作業主任者技能講習の会場で、高齢の受講者と語り合う機会を得た。「資格を持っている奴が突然辞めて、困った社長に頼まれて来たんだ。家でテキストを読んでいたら、小学生の孫娘が『爺じもテスト? 頑張ってね!』と。孫娘と約束した以上、落ちる訳にはいかなくなった」と笑う。「勉学は光であり」とは、古代ギリシャの哲学者ソクラテスの言葉。学問は人生を照らし切り拓く光であり、年齢は関係ない。「学は光」と。
職場には、いぶし銀に輝き、活躍を続けるシニア世代の先輩達が幾人もいる。共通しているのは、学ぶ姿勢を貫いていること。その先輩達や、孫娘に合格を約束した人生の先達に連なり、学ぶ努力を惜しまぬ日々を送りたい。
「東基連 たま研修センター」近くの国営昭和記念公園では、今、「桜、蘂降る」光景が広がっている。紅色の絨毯が春の陽光に輝き、学ぶ受講者生を応援しているかのようだ。
小太郎

令和5年3月号会報「東基連」編集後記

この一年間、「新人」という立場にいた貴方。今、どんな思いで、四月を迎えようとしているだろうか。コロナ禍での勤務には、常にも増して様々な困難があったことだろう。思い通りにいかない仕事に地団駄を踏んだことも。悔しい気持ちと涙を抑え、我武者羅に走り回ったことも。そして、再びの春を迎えようとしている。貴方は気が付いていないかもしれないが、周りの人たちは貴方の成長に祝福のエールを贈っている。
一人残らず、誰もが新人の時期を経験している。懐かしい思い出と振り返る人もいれば、辛く苦しい事しか思い浮かばない人もいるかもしれない。ただ、あの時、初々しい決意を抱き、武者震いをしながら、走り出した私達が確かにいた。そして、周囲にはそれを見守る人々がいた。
私の初任地は、知る人もいない初めて赴いた街だった。もとより力も無く、何も出来ない1年生の私。次第に元気を失う私を、上司はある言葉を示し抱きかかえるように激励してくれた。「大丈夫だ。先ず、やる!と決めるんだ。やると決意さえすれば、もう半分は出来たようなもんだ」。その励ましだけを頼りに、目の前の課題にぶつかっていった。
桜の開花情報のニュースが流れ始めた。まもなく、次の新人達との出会いを迎える。希望と期待、不安に満ちたその姿は、一年前の貴方、そしてあの時の私達だ。自身の新人時代を思い起こしながら、大切な彼らを温かく迎え入れたい。
「自分の心に固く決意すれば、目的は既に半分達成されたも同然だ。」(エイブラハム・リンカーン)
小太郎

令和5年2月号会報「東基連」編集後記

厳寒の二月を迎えた。吐く息も白い朝の通勤路。ビルの地下駐車場入口に立つ警備員さん。その明るく丁寧な朝の挨拶が、凍えた気持ちを温めてくれる。警備員さんは人の流れを注視しながら、車両の誘導を。この人達がいればこそ、安全で円滑な通行が保たれる。社会では多くの方々が、人々の安全と健康を守るために懸命に尽力されている。
まもなく、厚生労働省から「第14次労働災害防止計画」が公表される。労働者の命を守るとの労働安全衛生法の理念を体現する、これからの5年間の羅針盤。そして、この羅針盤を持ち運用するのは、各企業等の安全衛生担当者。勿論、担当者だけで出来ることではない。係わる全ての人の力が求められよう。
労働相談業務を担当する旧知の友人は、「労働相談の現場は、ハラスメントの悩みで溢れ返っている」と語る。ここでも、人の命を守るため、長時間労働の解消等を含め、ハラスメント等に対する、迅速にして適正な労務管理の運営が求められている。
ある先輩から「労務管理、安全衛生管理は、人の命を守る仕事だ」と教えられた。「人の命を守る仕事に携われることが、何よりの誇りだ」とも。この言葉を敷衍(ふえん)すれば、現場を含め係わる全ての人々が、「人の命を守る仕事」に携わっていることになる。
職場では様々な人が働いている。中には、慣れぬ業務に苦労している人もいるだろう。しかし、「期待されている、信頼されていると感じた時に、人は大きく力を発揮する」と言われている。自身の来し方を振り返ってみても、その通りだと思う。職場の一人一人が、それぞれの持つ可能性を信じ、互いに声を掛け合う。そこに、「人の命を守る」労務管理・安全衛生管理の、最初の一歩があることを信じて。
小太郎

令和5年1月号会報「東基連」編集後記



初春の訪れを言祝(ことほ)ぐかのように、艶のある蝋梅の黄色い花が咲き始めました。当連合会「安全衛生研修センター」のある江戸川区の新左近川親水公園では、蝋梅の甘い香りが仄かに漂っています。
此処「安全衛生研修センター」では、安衛法に基づく各種作業主任者技能講習を始め、様々な安全衛生教育が行われています。教室を覗けば、咳(しわぶ)き一つ無く講義に集中する、幅広い世代の受講生の真剣な姿が。
その気迫に満ちた受講生を迎え入れる講師・職員もまた、真剣です。ある講師は「受講生と切り結ぶ思い」と語り、職員も早朝から夕刻遅くまで、意を尽くし心を砕き、快適な学びの場の提供に取り組んでいます。そして、その根底にあるものは、「重大災害根絶」との強い願い。
蝋梅の花言葉は、「慈しみ」と「先導」。寒い冬の時季に、他の植物に先駆けて一足早く開花し、人々に安心と喜びを贈る様に由来するとか。安全衛生教育もまた、労働者の安全と健康を確保し、その生命を護り、事業者、労働者、そしてそのご家族に安心と喜びを贈ります。
爽やかな蝋梅の香りが充(みつ)るなか、当連合会は本年の歩みを開始します。
会員の方々に必要とされるものを先駆けてお届けすることを心に定め、皆様が安心と喜びの一年を送られることを祈りつつ。
本年も宜しくお願い申し上げます。
小太郎

令和4年12月号会報「東基連」編集後記

晩秋、群馬と新潟との県境にある三国峠に紅葉狩りに出かけた。真紅の紅葉、鮮やかな発色の黄葉にも癒されたが、ほど近い新潟の日帰り温泉で出逢った人生の先輩達の姿が忘れられない。笑いと語らいの中で、食事を愉しむ七十代、八十代と思しき男性三人、女性一人。名物の蕎麦と天婦羅の盛り合わせを前に、盃を酌み交わす笑顔の語らいは、隣席の私達をも温かな雰囲気に包んでいく。
隣り合ったのも何かの縁と語り掛けるなかで、女性が「私達は兄妹なんです。もう4人とも70歳半ばを越えましたが、元気な間はと、年に何回か集まって食事をしながら、励まし合っているんです」と。最高齢と思われる男性が笑いながら「もうお迎えも近いだろうし、毎回、『これが最後だ!』と言いながら続いているんだ」とも。
人生の先輩が語る「励まし」の「励」という字には、「万の力」が含まれている。一言の励ましであっても、その一言は「万の力」となって相手に勇気と希望の火をともす。
この一年を振り返れば、新型コロナウイルス感染症と戦うなかで、ロシアのウクライナ侵攻が勃発。不安定な世界経済のなか円安が進行し、物価高にも直面している。そんな中、私達一人ひとりが置かれている状況は千差万別であろうが、誰もが懸命に目の前の課題に挑戦していよう。そして、その挑戦を支えるのが「励まし」の言葉。
今年を締め括る12月が始まる。この12月の個々の働きが、迎える来年の発展の礎ともなる。大変な時こそ、「万の力」を持つ「励まし」を互いに贈り合う私達でありたい。
小太郎

令和4年11月号会報「東基連」編集後記

ある労衛衛生コンサルタントから、「化学物質を使用する企業を訪ね、工場の扉を開けた瞬間、強烈な刺激臭に襲われた。工場の責任者に問うと、訝しげな表情を浮かべ『臭いなどしない』と。設備を見ると、局所排気装置等は稼働していなかった。しかし、彼は真顔で『刺激臭など無い』と言う。」との話が。
社会保険労務士の知人は、「ある企業から長時間労働対策の相談を受け、指定された支店を訪問した。受付に立ち、通り掛かる何人もの社員に声を掛けるも、皆、無言、無表情で通過。対応した担当者の表情も生気が無い。確認すると、信じ難い長時間労働。多くの社員に、睡眠時間の極端な不足が窺われた。」と。
どちらの挿話も、外部から見れば異常な状態であっても、得てして内部にいる者は慣れてしまい、その危険性に気が付かなくなっていることを示している。省みれば、問題点を認識しても、その解決の困難さから「仕方ない」「やむを得ない」とし、常態化していることもあろう。それらを防ぐために、内部の監査部署や外部のコンサルタント等からの確認がある。
しかし、より重要なのは、外からの指摘を待つのではなく、「問題点は無いのか」、「改善の余地は無いのか」と、各人が第三者の視点で自身の職場を問い続ける意識。言い換えれば「複眼的な思考」の育成であろう。そして、そこから見えてきた問題点を大切に掬い上げる企業風土。
今月号でも触れたが、労働安全衛生法の化学物質規制については、「個別具体的な規制」から「自律的な管理」へと、大きく舵が切られた。
お叱りを受けるかもしれないが、「危険でない職場など無く、問題の無い職場など無い」と捉えたならば、職場を改善していくポイントの一つは、内部の一人ひとりの気付きの力、提案する力を伸ばすこと。そして、その提案を真摯に受け止め改善に繋げていく体制の確立。
今年もあと2か月。気忙しい時季ではあるが、ここで一度立ち止まり、俯瞰して眺める時間を持つのも、大切かもしれない。
小太郎

令和4年10月号会報「東基連」編集後記

これを「紺屋の白袴」と言うのでしょうか。いや、ほら、例の「年次有給休暇の年5日取得」の話です。
「働き方改革」の一環として、平成31年4月から「年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者(管理監督者を含む)に対して、年5日の年休を取得させること」が使用者の義務となって4年。この間、私達もその周知に努めて参りました。
さて、そんな私の所属する部署の年休取得状況と言えば、年の三分の二が経過した本年9月初めの時点で、5日以上取得者が55%、未取得者が45%。管理職も結構、取得していません。
労使協定による計画的付与制度を導入していないので、毎月の会議等で「取得促進」を呼び掛けてきましたが、取得が進まないメンバーへは10月以降に時季指定を実施する方向です。
PDCAサイクル「Plan(計画)→Do(実行)→Check(確認)→Act(改善)」に従えば、この時点で現状を確認し、改善策を講ずるのは「適切な対応である」と言いたいところですが、「対応が遅いのでは!」との声も飛んで来そうです。さて、皆さんの職場ではどうでしょうか? 
10月は「全国労働衛生週間」や「改正最低賃金額の発効」など、大切な行事等があります。ただ、今月号の雇用環境・均等部の記事にもあるとおり、「年次有給休暇取得促進月間」でもあります。基準日にもよりますが、ここで各人の年休取得状況を確認し、取得が進まない人の原因を検討し、それに合わせた対策を実施するタイミングかもしれません。
この10月。まず、未取得者の一人である私自身が年休を取って、秋の紅葉狩りと日帰り温泉にでも出掛けましょう。どなたか、素敵な紅葉の名所を教えて頂けませんか。鮮やかなジャパン・ブルーの、藍染めのマスクを付けて参ります。
小太郎

令和4年9月号会報「東基連」点描

この9月にも、当連合会の東京衛生管理者協議会の「令和4年度第1回研修会」が開催される。今回のテーマは、「衛生管理者と産業医」「騒音障害防止ガイドラインの見直し状況」「化学物質管理の見直し内容とその時期」など。
東京衛生管理者協議会は、平成9年に設立され、東京都に所在する企業に勤務する衛生管理者を会員として、年に2回の研修会を軸にそのレベルアップに努めてきた。
衛生管理者は、企業において労働安全衛生法等に定められている各事項の遵守を担うとともに、労働環境の改善・向上と労働者の心身にわたる健康増進の推進という大切な使命をもつ産業安全衛生スタッフの一員。
衛生管理者の活動は地道かもしれないが、労働環境と労働者の健康を守る、謂わば「命のゴールキーパー」として、その職責は重要である。
そんな衛生管理者の一人である、東京衛生管理者協議会副会長の「神津進」氏が、本年7月に「安全衛生に係る厚生労働大臣表彰」の「功績賞」を受賞した。全国衛生管理者協議会の事業検討委員会委員長としての、長年の功績に対しての表彰。
何よりも、どちらかと言えば陰の支えとして、献身的に活動されている、多くの衛生管理者の方々にも繋がる顕彰と捉えれば、これ以上の喜びはない。
多くの労働者は、家族の幸福のため、自身の夢の実現のため、そして所属する企業の発展のため、日々懸命に働いている。そのような労働者の健康が、その労働の現場で害されることはあってはならない。
そのために、日々汗を流す衛生管理者。その方々の傍らに立つ者の一人として、今回の受賞を祝福すると共に、全ての東京の衛生管理者、命のゴールキーパーの健闘に心からのエールを贈りたい。
(小太郎)

令和4年9月号会報「東基連」編集後記

19世紀の海洋画家イヴァン・アイヴァゾフスキーの作品、「第9の怒涛」。縦221㎝、横322㎝の大きさのこの油彩画に魅了されている人は多い。
画題は、荒れ狂う夜の嵐の海で襲いかかって来る巨大な波。第1の波から第2、第3と次第に大きくなり、中でも9番目の波が最も破壊的で最高潮に達し、その試練を乗り越えると天の助けがあると言い伝えられていると。この絵には、難破した船の木片にしがみ付く人々と、迫り来る第9の波が描かれている。
幾度となく感染拡大を繰り返す新型コロナウイルス感染症との戦いも2年半を超え、感染拡大の波は前回を大きく超えながら第7波を数えた。
今月号の「労務・安全衛生深掘り探訪記」と「ちょこっと用語」では、「新型コロナウイルス感染症と労災補償給付」。そして「罹患後症状」と呼ばれる、回復したにも係わらず「疲労感・倦怠感」などが生じる症状について考えた。
各職場においては、一定の新型コロナウイルス感染症対策が確立されているであろう。それを踏まえながら、一人ひとりを大切にした対応をお願いしたい。特に「罹患後症状」で悩んでいる人には、医療機関、地方自治体、そして労働基準監督署等の相談窓口へのアドバイスを。
「第9の怒涛」には、木片にしがみ付き励まし合う6人が描かれている。そのうちの一人は今にも波間に沈む寸前にあり、それを別の一人が懸命に引き上げ、そして画面中央には、夜の嵐の海に勝利した者に昇る太陽が。
国連は、SDGsで「誰一人置き去りにしない」との理念を掲げた。新型コロナウイルス感染症との戦いは、まだまだ続くのかもしれない。そこで大切なことの一つは、「誰一人置き去りにしない」との強い思いに支えられた、周囲の人々への励ましであるように思えてならない。 
小太郎

令和4年8月号会報「東基連」 雑感

東基連(東京労働基準協会連合会)本部の事務室の書架に、一冊の絵本が収められたのは昨年の夏のこと。
日航ジャンボ機御巣鷹山墜落事故で、当時9歳だった次男を亡くされた美谷島邦子さんが文を綴られ、絵本作家のいせひでこさんが絵を描かれた「けんちゃんのもみの木」(発行所:BL出版㈱。2020年10月1日:第1刷発行)。
絵本の帯には「日航機事故から35年 母がつづった 命の重さを伝える絵本」と。また、裏表紙の帯には「一人ひとりのいのちの重さを伝え歩いた母の軌跡」とも。
520人が犠牲となった日航ジャンボ機墜落事故が起きたのは、1985年8月12日。あれから37年。
犠牲者を慰霊する「御巣鷹山慰霊碑(招魂之碑)」と「慰霊の園」は、墜落した群馬県上野村に設けられている。「慰霊の園」には合掌を模った慰霊塔と、慰霊塔を取り囲むように半円形に犠牲者の氏名を彫り込んだ石碑が。
幾度となく訪ねたが、石碑に彫り込まれたお一人おひとりのお名前を、祈りを込めながら読み進んでいくと、やり場のない怒りと、言うに言われぬ哀しみが込み上げて来るのが常であった。
事故調査委員会は、本事故の原因を次のように結論された。「不適切な修理に起因しており」、「点検整備で発見されなかったことも関与しているものと推定される」(事故調査報告書)と。
示された原因と、そこから引き起こされたあまりにも悲惨な結果。
労働安全衛生の傍らに立つ者の一人として、安全に関わる全ての行為が、どのように軽微に見える事であったとしても、人の命と直接に結び付いていることを、改めて強く教えられた思いだ。
これまでの職業生活の中で、ある上司から教えられ、大切にしていることが一つある。それは、「常に説明責任を意識して行動する」と言うこと。
その上司からは、行動に至った理由の説明を常に求められた。「何を根拠としたのか?」。「その根拠をどのように解釈したのか?」。そして「その解釈をもとに、そう判断した理由は何か?」。更に「その理由が合理的に正しいことを説明しなさい」と。
実施する事案はもとより、実施しない事柄についても説明を求められた。そして、「他者に説明出来ないことはしてはいけない」。また「行動しないことについて説明出来ないのであれば、直ぐに行動しなければならない」とも。
上司が求めたのは、「自分の行動について、自分自身に対しても他者に対しても、しっかりと責任ある説明が出来るのかを、常に自身に問い掛けていきなさい」と言う事であったように思う。
日航ジャンボ機墜落事故は、人の命の重さと、大切な人を失う悲しみを、白刃のように私達に突き付けた。
そして、「安全」に関しては、どのような小さなことであっても、懸命に真摯に取り組んでいくことの重要性を示した。
労働の現場において、危険リスクがゼロの業務は無いであろう。どのような職場においても危険リスクが存在するのであれば、係る人々がどのように安全を意識していくかが重要となる。安全を担保するツールの一つとして、「常に説明責任を意識して行動する」ことは大切だと感じる。
そして、行動のその判断基準の基底部にあるのは、他者の命への限りない敬意に基づく思いやりの心であろう。520人の犠牲者のお名前を彫り込んだ「慰霊の園」の石碑の前に立つ時、人は鎮魂と畏敬の念の中で、命の大切さを心の底から実感する。私はそうであった。
絵本「けんちゃんのもみの木」の裏表紙の帯には「また いつかきっと あえるよ」とある。美谷島邦子さんは絵本の最後で、御巣鷹山が様々な悲しみを抱えた人たちが集う山となったことに触れ、これからも安全の鐘を鳴らしていきたいと述べている。
8月12日は、鎮魂の祈りを捧げ、安全への思いを深める日としたい。
(小太郎)

令和4年8月号会報「東基連」編集後記


夏を詠った好きな和歌を問うと、同僚は平安時代末期の歌人・式子内親王(しょくしないしんのう)の一首をあげた。
「すずしやと 風のたよりを 尋ぬれば しげみになびく 野べのさゆりば」【風雅和歌集402】。『通釈』― 風のたよりが届き、涼しいことよと、そのゆかりを尋ねて行くと、繁みの中で靡いている野生の百合の花に出逢った。―背景に暑い夏を置いているからこそ、涼風の爽やかさが更に増す歌と。
その夏であるが、今夏は熱中症による救急搬送が激増している。当会報の先月号では、東京労働局健康課の「STOP熱中症 クールワークキャンペーン」を掲載。「労務・安全衛生深掘り探訪記」と「ちょこっと用語」では先月号、今月号と2回に渡り、熱中症の危険性と対策の重要性を訴えた。ある程度は予想されていたが、今夏の気温は命に関わる危険レベルに達しているようだ。
格言に「神は細部に宿る」とある。「細かい部分までこだわり抜くことで、全体としての完成度が高まる」と解釈されている。熱中症対策について準備を進め、迎えた8月。本番真っ只中にある今、小さな事象にも敏感に反応していきたい。職場内の微かな違和感をも見逃さず迅速に対応することが、命を守る重要な武器となろう。上位の職位に在る者は、徹して職場の状況を注視する日々であって欲しい。
水を微細な霧にして噴射するミストシャワー。その霧が、行き交う人々の頭上を舞う光景をよく見かける。水が蒸発する際の気化熱の吸収により、周辺温度の冷却を行うと。あらゆる環境で、夏の暑さを味方に変える工夫を重ねた夏でありたい。
渓流の足首まで濡らす冷たい水の流れ。滝壺から上がるマイナスイオンに充ちた飛沫(しぶき)の煌めき。高原を駆け抜ける爽やかな涼風。暑いからこそ感じる、夏の輝きを大切にしながら。
小太郎

令和4年7月号会報「東基連」編集後記

昨年の誕生日に妻に贈ったミニ胡蝶蘭が、今年の誕生日を前に、再び鮮やかな赤紫色の花を咲かせた。嬉しい驚きと喜びを生み出した、赤紫色の花弁。
その翌日、当会報「東基連」の編集会議が行われた。作成を担う編集委員は、24名。会員企業及び東京労働局の各課と産保センター、そして印刷会社と東基連の担当者で構成されている。編集会議では、意欲に溢れた発言が相次いだ。議論の
中心は、行政の施策を如何にして伝えるか。労働行政について様々な意見はあろうが、労働基準法の趣旨は、「労働条件の最低基準を確保し、更に向上させる」と解されている。
本年度の東京労働局の「行政運営方針」。「労働基準」、「雇用環境・均等」、「労働保険徴収」の3つの行政分野に記載された「周知」と言う言葉は、66箇所。法の趣旨を踏まえた66の施策について、しっかりとお伝えするとの国民の皆様への約束。
この66の施策を、幸を贈る花々に譬えさせて頂けないだろうか。使用者、労働者、そしてその家族の方々の望みを実現していきたいと願う、66の花々。そうすると、24人の編集委員は、花々を届ける花配達人。私も懸命に汗をかく日々を送ろう。嬉しい驚きと喜びを贈る、花配達人の一人として。
小太郎

令和4年6月号会報「東基連」雑感

楽屋話を少々披露することを、お許し頂きたい。
当連合会(公益社団法人東京労働基準協会連合会)が、令和3年度に厚生労働省から委託された「外国人労働者安全管理支援事業」の一つに、外国人労働者を雇用する事業者のための、外国人労働者の安全衛生管理の参考となる手引書の作成があった。
作成に当たり、外国人労働者の安全衛生管理について造詣の深い有識者による検討委員会を設け、現在の外国人労働者の安全衛生に係る問題点を様々な角度から掘り下げた。
一般的には大きな課題として、日本語に未習熟であることによるコミュニケーション不足と、技能が未熟練であることが挙げられていると。
しかし、むしろ雇用する側に日本語が未習熟な外国人労働者へのアプローチの仕方、文化の違いに対する理解が不足しているとともに、未熟練な外国人労働者に対する教育手法・体制が未整備であることも一因となっていることが指摘された。
こうした課題を念頭に、ワーキンググループでは、これまでに実施されてきた様々な調査結果から現状を掘り下げ、手掛かりを探り、教育教材・外部教育機関の所在情報を多く盛り込み、「日常的な安全衛生活動」に関する留意点、取組事例をも示し、その意義を問い直すことに力点を置いて作成を進め、200ページを超える手引書の完成に至った。
この「外国人労働者安全衛生管理の手引き」は、先月より全国の労働局、労働基準監督署の労働基準監督官等の職員に配布され、活用されていると共に、当連合会が受託した「外国人労働者安全管理支援事業」により設けられた「東京労働局外国人特別・相談支援室」内の「安全衛生班(外国人在留支援センター内)」のホームページにも掲載されている。
日本で働いている外国人は2020年時点で172万人とされ、国内の就業人口の2.5%を占めている。先立って独立行政法人国際協力機構(JICA)が示した推計によれば、2030年には419万人、2040年には674万人まで増加すると予想されている。この試算の中では、東京他北関東では就業人口の約10%が外国人労働者に置き換わると。
勿論、現在、多くの技能実習生を送り込んできているベトナム等の国々の国内経済の発展状況により、その数の減少も考えられ、労働力不足が顕在化することも予想されており、外国人労働者の受け入れに係る議論も行われている。
いずれにせよ、俯瞰して観たとき、私達の職場に外国人労働者が居ることは当たり前となっており、更に増えていこうとしている。
前述の「外国人労働者安全衛生管理の手引き」作成に当たり、ある企業を訪問した際、外国人労働者に対するその企業の姿勢に襟を正された。
その企業では、年に1回、全管理者に対し「外国籍の従業員に対する配慮のお願い」と題する書面を配布。また、新たに外国人労働者を雇用した場合は、その配属先の管理者にも同様の書面を。書面には、外国人労働者の日本語能力が充分でないことを前提に、管理者が、また日本人従業員がどのような点に留意すべきかを、具体的に例示し、依頼している。
その中に、次のような一文があった。「日本の価値観を押し付けず文化の違いを理解する」と題し、「それぞれの外国人の価値観を理解した上で、自社の価値観をしっかり説明することが重要です。『ここは日本だから、日本のやり方に従いなさい。』というような指示を受けると、外国人にとって自国の文化、存在自体を否定されたと受け取られてしまうこともあります。『日本では、こういう考えのもと仕事をしないといけない』と説明するのではなく、『私たちの会社はこういう理念のもと仕事をしている』と説明した方が自分事に捉えることができ、しっかりと聞き行動に移してくれることが多いのでのではないでしょうか。まず、外国人労働者の言い分を聞くことが大切といえます」と。
互いの価値観を尊重し、相手の言い分を聞き、その上で仕事に対し真摯に取り組む姿を説明するとの方向性は、外国人労働者に接する際の留意点というよりは、同じ職場で働く者同士としての大切なポイントを示しているように思えてならない。
前述の有識者による検討委員会では、「雇用する側に日本語が未習熟な外国人労働者へのアプローチの仕方、文化の違いに対する理解が不足している」と指摘されたが、外国人労働者の更なる増加が予想される近い将来に目を向けた時、この点に関するそれぞれの職場での取り組みが求められていると言えよう。
私達は、個人として、企業等の組織として、そして国として、他者への思いやりの度量を問われる時代を生きている。
(小太郎)


令和4年6月号会報「東基連」編集後記

ブルガリアの国立ソフィア大学に留学経験を持つ知人に、最も記憶に残っている出来事を質問した際のことである。
「留学間もなく、親しくなった日本語を学ぶブルガリア人の同級生と、その友人達と一緒に黒海に面したリゾート地『ネセバル』に出掛けた。存分に黒海での海水浴を愉しんだあと、夕食の最中に強烈な耳の痛みに襲われた。
中耳炎の症状。食事を中座し部屋で横になったが、痛みは激しくなるばかり。病院に行く当てもない。すると同級生から携帯にメールが来た。「daijyoubuka? minna shinpai siteiru」。私が「mimi ga itai」と返すと、彼は部屋に飛んで来て、夜間にも係わらず病院を見つけ、私を連れて行ってくれた。病院から帰る道すがら、彼は日本語で励ましてくれた。
私は感謝の気持ちを伝えたいのに、ブルガリア語で何と言えば良いのか分からない。私は恥じた。そして、懸命に知り得る限りのブルガリア語と英語でありがとうの思いを伝えた。彼は拙い私のブルガリア語を真剣に聞いてくれた。それからです。死に物狂いでブルガリア語を学んだのは。」
他者の苦しみに胸を痛め、寄り添う心。他者の幸福を願う、やむにやまれぬ心。平和で、安穏な社会は、人々のそのような思いの集積から始まるのだろう。様々な情報が瞬時に世界を駆け巡る日々であるが、この思いだけは、手放さずに過ごしたい。
小太郎

令和4年5月号会報「東基連」編集後記

四季の彩りに恵まれた日本列島。季節の移ろいのなか、列島を色取る鮮やかな色彩は南から北に駆け上がる。四季をイメージする色への思いは人それぞれであろうが、5月の心象風景を飾る色を「緑」とした時の異論は少なかろう。若葉が薫る季節。新緑の眩しいばかりの輝きは、人の心を清々しい気持ちに導いていく。
そして「緑」は、安全衛生の象徴でもあるシンボルマーク「緑十字」を表す色でもある。緑十字は、大正8年に東京市及びその周辺の隣接町村で行われた最初の安全週間の際、蒲生俊文が考案し採用されたものが始まり。十字は西洋では仁愛を意味し、東洋では福徳の集まるところを意味すると。(現在に続く全国安全週間は、第1回が昭和3年に内務省主催により全国で統一して行われた)
本年度は、第13次労働災害防止計画の最終年度である。しかし、東京では死亡災害を始めとする悲惨な重大災害の発生が続いている。来月には全国安全週間準備期間を迎えるが、現下の労働災害発生状況は、それを待つような状態ではなかろう。5月から7月までの、全国安全週間準備期間、全国安全週間があるこの3か月。関係者は改めて死亡・重大災害は起こさないとの深い決意に立ち、取り組みを強化して欲しいと願うのは私だけでは無い筈だ。
5月の新緑は、8月の夏の万緑へと向かう。濃い緑の万緑が列島を覆い尽くす8月。東京のそこかしこから、「私の職場では重大災害は発生させなかった」との声が上がることを、ひたすらに祈る。
小太郎

令和4年4月号会報「東基連」 雑感

「労災隠しは犯罪です」とは、稀代のキャッチコピーだと感じているのは、私だけではないだろう。
労働基準監督署など労働関係機関を訪れた時、黄色をバックに黒色の文字で、この言葉が描かれたポスターが壁などに掲示されているのを見たことがある人も多いに違いない。
何故、「労災隠し」が「犯罪」なのか。ここで示された「労災隠し」とは、一義的には労働災害が発生した際の療養補償給付や、休業補償給付等を労働基準監督署に請求しないことにより、労働災害の発生を労働基準監督署に覚知させないことを意味している。
勿論、労働災害に係る補償義務は、まず事業主が負う。但し、被災労働者等が労働基準監督署に請求した場合には、労働基準監督署長の決定により休業補償給付等が国から行われる。事業主が被災労働者に「労働者災害補償保険法」等で定められた法定の補償等の支払いを行うことを約束し、被災労働者がそれを受け入れ、労働基準監督署に労災請求手続きをしないこと自体は、問題ではない。
しかし、労働安全衛生規則第97条では、死亡又は休業4日以上の労働災害については「労働者死傷病報告(様式第23号)」を遅滞なく所轄労働基準監督署に届け出ることを義務付けている。休業4日未満の労働災害については「労働者死傷病報告(様式第24号)」を四半期に一度、同様に所轄労働基準監督署に届け出ることも。事業主が労災補償の費用を全面的に負担するとしても、この報告義務を免れる訳ではない。
東京労働局のホームページを開けば、労働基準監督署が司法事件として東京地検に送致した事例が公開されている。その中には、労働者死傷病報告の未提出や、虚偽の内容を記載した労働者死傷病報告を提出したこと等により、労働安全衛生法違反として送致された事例も含まれている。これが、「労災隠しは犯罪です」と言われる所以である。
これらの事例を見るに、パート・アルバイトなどの非正規労働者や外国人労働者に係るものも散見されるが、労災補償を全く行わなかったものは多くはないという。当初は事業主が医療費、休業手当等を負担しているが、休業期間が長期化するにつれ、事業主の支払いが滞り、やがて支払われなくなり、困窮した労働者が労働基準監督署等に相談することにより発覚する例が多いとも。
建設現場で発生した下請業者所属作業員の労働災害について、元請に知られるのを恐れ、元請職員に報告せず、救急車を呼ばずに自家用車で病院に運んだ例も。あるケースでは、被災労働者の休業の長期化により経済的に困った事業主が、自社の倉庫で発生したことにして労災請求。合わせて虚偽の労働者死傷病報告を提出。労働基準監督官が災害発生地とされる倉庫を訪ねた調査の際にも、虚偽の説明を重ねた。辻褄が合わない説明に、不審を感じた担当官の質問にも白を切り通したが、後日の聴き取り調査での追及に観念して虚偽報告を認めたと。
労働者死傷病報告への記載を求められる事項には、「災害の発生状況」等と共に「原因」がある。原因を特定する中で、当然「再発防止対策」の検討も行われる。
有名な「ハインリッヒの法則」によれは、統計的に重大事故、軽微な事故、ヒヤリとした事例は1対29対300の確率で発生すると。事故には至らなかったがヒヤリとした事例300件の積み重ねの先には、29件の軽微な事故が発生しており、その先には、死亡災害を含む重大な事故が1件発生している。
将来に発生する重大事故を防ぐためには、ヒヤリ体験と軽微な事故について、その原因を究明し、そこから導き出される再発防止対策を徹底していくことが何よりも重要だとは、労働災害防止の基本中の基本である。労働者死傷病報告の作成にあたり、労働安全衛生法が求めている「原因」の記載も、その事業場で同種の災害が二度と起きないことを求めてのことであろう。
労働災害が発生したにも関わらず、その発生を隠し、結果として発生原因を究明せず、再発防止対策を講じなかったとするならば、それはどういう意味を持つのか。講じていれは発生を防止できたかもしれない、未来の何処かの時点で起きる死亡・重大災害。その発生を防がないという決断を、意図的にしたこととなるのではないか。被災者が誰になるのかは分からない。しかし、未来のある日に発生する死亡・重大災害の起動スイッチを押したとするならば、労働者死傷病報告未提出という法違反に留まらず、「犯罪」と強く糾弾されても仕方がないことであろう。
ただ、労災隠しが、自己の保身と目先の利害に囚われた、長期的に見れば何の利益も生み出さない行為であると断ずるのは言い過ぎかもしれない。人間、誰もが陥る陥穽に、偶々、足を取られたとの側面もあろう。では、この陥穽に陥らないためにはどうしたら良いのか。
4月。多くの企業、団体等では、新規採用の社員等を迎え入れる時期。私が就職した時、配属先の直属上司から最初に言われた言葉は、「悪い報告ほど早く。」であった。「良い報告は後でもいい。悪い報告ほど早くだ。」と。
どのような組織であれ、活動していく上での「情報の共有」の優先順位は高い。特にコンプライアンスの重要性が求められている現在、何が起きているのか、何が起きたのか、それにどう対応するのかは重要なポイントであろう。そのためにも「正確な情報の共有」と「スピード」が要請されている。
それは、組織を構成する個人に強く求められると共に、報告しやすい組織であるのかが同時に問われることでもある。では、不都合な悪い事柄を躊躇なく報告できる組織とはどのような組織か。様々な考えはあろうが、遵法意識の高い、ハラスメントの無い、一人ひとりを大切にする、深い信頼関係で結ばれた職場であることが一つの答えかもしれない。
新しい年度の始まるこの時期。新たに仲間となるメンバーに、正確でスピード感のある報告の重要性を伝えると同時に、構成員が不都合な悪い事柄を躊躇なく報告できる組織であるのか、改めて自身の所属する職場を見つめることとしよう。
4月1日。新年度のスタートとなる職場の打ち合わせ会議。まず「悪い報告ほど早く」を共通認識とするところから始めたい。            
  (小太郎)

令和4年3月号会報「東基連」 雑感

先日の知人の話が気なって仕方がない。「娘が外資系の大手IT企業で働いているが、コロナ禍で在宅リモート勤務が長く続いている。朝から深夜までパソコンに向かい、殆ど24時間働いているようにさえ見える」と。
 日本労働組合総連合会(略称:連合)が、テレワークで働く人の意識や実態を把握するために「テレワークに関する調査」を実施したのは、令和2年6月。背景には、新型コロナウイルス感染症が拡大し、緊急事態宣言の発令等を受け、日本社会全体に在宅勤務が急速に広がっていく状況があった。
調査結果は大きく報道された。その主な内容を挙げれば、「通常の勤務よりも長時間労働になることがあった(55.1%)」、「時間外・休日労働をしたにも関わらず申告していない(65.1%)」、「時間外・休日労働をしたにも関わらず勤務先に認められない(56.4%)」。さらに、テレワークの際の労働時間の管理方法に関して「99人以下の職場では『労働時間管理をしていない』が23.5%」と。
 この調査結果が発表されてから、2年近くが過ぎようとしている。この間、新型コロナウイルス感染症は拡大と縮小を繰り返し、テレワークは感染症対策の一環として政府も推奨していることもあり、広がりを見せている。
 厚生労働省は、令和3年3月25日に「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン(以下「ガイドライン」という)」を改訂、発出した。その趣旨(前文)では「労働者が情報通信技術を利用して行う事業場外勤務」を「テレワーク」と定義し、通勤時間の短縮や業務効率化による時間外労働の削減等、労働者にとってのメリットを挙げ、また労働者の離職の防止、遠隔地の優秀な人材の確保等、使用者としてのメリットを示し、更なる導入・定着を期待していると。
 また、ガイドラインでは、テレワークを行う場合においても労働基準関係法令は適用されること。また、テレワークにおける労働時間の把握について、「労働時間の把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(平成29年1月20日基発0120第3号)」を踏まえた具体的な対応等も記載されている。
令和2年6月の連合の調査では、不適切な労働時間管理が多く見られたテレワークの現場は、このガイドラインが示されて1年が経つ現在、どのような状況にあるのであろうか。
 殆どの社員がテレワーク勤務という、ある大手企業で管理職を務める別の知人からはこんな話を聞いた。「本社の総務部門からは『36協定の遵守』を強く指示されている。しかし、正直に言って部下の勤務実態が見えてこない。自主申告される報告では、時間外労働は多くないことになっている。しかし、この成果に掛かる業務量を考えれば、そんな筈はない。ある時、部下の一人が深夜に電話を掛けてきたことがあった。『もう無理です。期日までには出来ません』と震える声で。何より、精神的に不安定になっている様子にショックを受けた。彼を含め部下達をどうやって守ればいいのか。」と。
この挿話だけで全体を論じる積りはないが、テレワークの大きな問題の一つは、労働時間管理の難しさとは多くの識者が語るところである。
 一挙に進展したテレワークという勤務スタイルは、新型コロナウイルス感染症が終息したとしても少なくなることは考えづらい。なにより、ガイドラインが示すように「働く時間や場所を柔軟に活用することのできる働き方」であることは確かである。更に、最近の論調を見ていると「場所と時間に縛られない働き方は、副業やワーケション、子育て・介護との両立のしやすさに道を開く」「人生の中に仕事があるという『ワークインライフ』という言葉の方がなじむ」など、バラ色の未来を描くが、仕事と私生活の境目は一層分かりにくく、労働時間の把握も困難を極める。
 思い返せば、日本の労働の現場は「過労死」という負の問題にぶつかり、それを解消すべく、これまで「働き方改革」に取り組んできた。
 厚生労働省は、令和3年10月26日に「令和3年版『過労死等防止対策白書』」を発表した。白書では、「過労死等の防止のための対策に関する大綱の変更」として、「テレワーク等の新しい働き方を踏まえた過労死等防止対策の取り組みを進めること」を明らかにした。
 私達は、労働時間の適正管理等、長時間労働防止のための数々の施策、工夫、取り組みを重ねてきた。テレワークの進展という状況のなかであっても、その流れを逆行させてはならないと考える人は少なくないであろう。難しいことはであるが、それぞれの職場で、テレワークに係る全ての人による慎重な検討の積み重ねを求めたい。
先ほどの「過労死等防止対策白書」には、「全国過労死を考える家族の会」の過労死遺児交流会世話人の渡辺しのぶさんの寄稿が収められている。
「過労死で大切な家族を失った親は、深い悲しみを胸に抱きながら、未来へとつながる命を一人で懸命に育てています。この命が社会に出たとき、働くことで命を落とす、というこの子たちの親と同じ体験は絶対にさせてはならない、過労死等の無い社会になって欲しい、と子どもたちの成長を見守りながら切に願っております。」
テレワークにおける労働時間管理の適正化は、過労死等のない社会への、大切な取り組みの一つであるように思えてならない。
(小太郎)

令和4年2月号会報「東基連」 雑感

昭和51年(1976年)に「賃金の支払の確保等に関する法律」が施行され、今年で47年目を迎える。通称「賃確法(ちんかくほう)」と呼ばれるこの法律が持つ効力のうち、最も知られているのは、破産した企業に勤めていた労働者の未払賃金を国が立て替えて支払うという点であろう。この法律が施行される前は、企業が倒産し事業主に支払能力が無い場合には、労働基準監督機関による行政指導があっても、実質的に支払いを履行させることが出来ない事案が多数認められた。しかし、賃確法施行後においては、賃金の支払は事業主の責務ではあるが、事業主が破産宣告を受けたり、行方不明となった場合等において、この賃確法の適用により多くの労働者が救済されてきた経緯がある。
コロナ禍の中、2020年、2021年の企業倒産件数は低い水準で推移していると。持続化給付金や無利子融資などの支援が企業を支え続けた結果と言われている。東京の労働の現場でも、解雇や賃金不払い等の法違反の是正を求める労働基準監督署への申告受理件数は、令和3年4月~9月で1526件(速報値)と前年同期の2189件と比較しても30.3%の減少となっている。冒頭紹介した倒産企業に関する「未払賃金立替払認定申請件数」も、令和3年4月~9月の件数は48件(速報値)と前年同期の100件の半数以下の件数であり、企業への各種支援の効果と思われる。
しかしながら、ここに来て、気になる報道もある。信用調査機関によれば、全国の「新型コロナ」関連の経営破綻が令和3年2月以降、100件超えが続き、9月、10月と月間最多を更新し11月も169件と最多更新。12月16日時点で1640件に達し、令和2年の843件の約2倍にならんとしている。政策支援は継続される見通しと言われているが、長期化する業績不振により体力を失い脱落していく企業が高い水準で続いていくのではないかと。先行きは不透明であり、経営者の苦衷は察して余りある。ただ、今後倒産が増加した場合、職を離れた労働者の次の雇用が保障される訳ではないが、少なくとも本来支払われるべき賃金が迅速に労働者の手に渡ることを祈りたい。
そのような状況のなか、厚生労働省が建設業や製造業などの現場で働く「一人親方」らフリーランスの個人事業主を、労働安全衛生法の適用対象に加える方針を立て、既に審議会での検討が詰めの段階に入り、令和3年度内に労働安全衛生法の省令の改正を行う予定との報道に接した。アスベスト被害を巡る最高裁判決を受けての動き。具体的には契約企業に危険性の周知義務を課す方向と。欧州では一定の条件を満たせば、個人事業主でも労働者と同じように取り扱うという流れもある。
47年前に施行された賃確法が、以前と異なる労働者保護の働きを果たしていることを思えば、「一人親方」らフリーランスの個人事業主を労働安全衛生法の適用対象とする今回の動きは、大きな変化の前触れに繋がっているのかもしれない。
令和4年がスタートして1か月。社会の動きは激しさを増し、「危機の時代」との言葉も耳にするが、過去に学べば「困っている他者への想像力」が社会を牽引してきた事実がある。地に足を付け、手を動かしながら、接する人達へ思いを巡らす日々でありたい。必ず到来する春の喜びを楽しみに。
(小太郎)

令和4年1月号会報「東基連」編集後記

厚生労働省が、外国人労働者に関する新たな統計を整備する検討を始めたという。外国人労働者については、国籍別や在留資格別などの属性別の人数は把握できているが、年齢別、雇用形態別の賃金など労働実態に迫る統計はほぼ整備されていないと。令和3年1月29日に厚生労働省が発表した外国人労働者数は、172万4328人を数える(令和2年10月末時点)。これだけの人が日本国内で就労している以上、
その実態把握は各種支援の政策立案の上からも急務であろう。
当連合会でも「外国人労働者安全管理支援事業」として、外国人労働者を雇用する各企業へのヒアリング調査を行っているが、最も苦労することとして「言葉の壁」を挙げる人が多い。そのような中、企業や地方自治体を始め多くの関係者が、「やさしい日本語」や「多言語」による情報発信に努め、コロナ禍の中でもその努力は継続されている。   
愛知県の「有楽製菓(株)豊橋夢工場」では、全従業員のうち4%を占める英語を使えるフイリッピン国籍等の外国人従業員の理解促進のため、工場内の全ての掲示物、説明文書を日本語と英語の併記とした。共に働く仲間への心強い配慮であろう。
新型コロナウイルス感染症がもたらした影響の一つとして、人と人との関係が希薄になりつつあった社会の繋がりが回復してきたとの意見もある。度重なる災害の経験を経て「社会における共助」、言い換えれば「助け合いは大事だという雰囲気」が強くなってきたのではないかと。
災害の中で、個々の置かれた状況の違いが明らかになり、様々な観点から見た所謂「弱者」が浮き彫りに。かつ誰もがその立場になり得ることが明瞭になった。その中で、「危機の時こそ他者の苦しみに思いを馳せ、何かを成したい」との思いは、社会の成熟度を測る指標でもあろう。
コロナ禍の中で、多くの識者が述べていることに「多様性」と「包摂性」があった。同調を求めるのではなく、多様な他者の可能性を尊重し、引き出していくという発想。コロナ禍など幾つもの災害を経て、安定し成熟した社会へと向かう道程には、個人としても、組織としても、他者を思いやり、多様性を尊重する姿勢が求められよう。
外国人の在留資格のうち長期の在留が可能となる「特定技能2号」について、政府が受け入れ拡大に向けて検討していることが明らかになった。そんな中、日本に住む外国人の困りごとを解決するサービスを展開する新規事業のスタートが、相次いでいるという。「お部屋探し」「生活相談」「就職サポート」等、いずれも多言語、オンライン対応が特徴。外国人労働者のみならず、「誰一人取り残さない」多様性と包摂性のある社会への現れであろうか。
1月の別名は「睦月(むつき)」。ある説では「睦び月(むすびつき)」が「睦月」に転じたと。「睦び月」とは、人々が集い仲睦まじくお正月の宴を行うことが由来とか。一年のスタートにあたり、一人ひとりを大切にする「多様性と包摂性」の在り方を、自身に問い掛け、考える「睦月」としたい。
小太郎

令和3年12月号会報「東基連」編集後記

手話を共通言語とするサイニングストア「スターバックスコーヒーnonowa国立店」がオープンして、今月の27日で1年半が経つ。19人の聴覚障がいのあるスタッフと6人の聴者スタッフがともに働き、来店者とは「手話」や「筆談」などでコミュニケーションを取っている。手話ができなくても注文ができるように、指差しメニューなども用意されている。
地元の高校生がこの店を利用する中で手話を覚え、「たどたどしい私の手話をゆっくり待ってくれ、店員さんが皆さん笑顔で拍手までしてくださいました。」と喜びの声を寄せている。「共生社会」の重要性が語られているが、差異を軽々と乗り越え、多くの人々に喜びを与えていく姿に共感を禁じ得ない。
働く場所を一つのステージと看做せば、働くスタッフも経営者も、利用客や取引先さえも、そのステージに立つ俳優陣。人々に喜びを贈る、このステージを大成功へと導く必須のアイテムの一つは、先程の「nonowa国立店」に学べば、出演者が持ち合う互いへの敬意であろうか。
様々な問題がある労働の現場ではあるが、「どんな仕事でも、沢山の人々の幸せに繋がっている」と信じ、幸せを贈るキャスト達への敬意を、素直に表わせる自分自身でありたい。
小太郎

令和3年11月号 会報「東基連」編集後記



東京都最低賃金が10月1日に発効して、1か月が経過した。過去最高金額の1041円の決定に際しては、東京地方最低賃金審議会で労使が激しく対立し、使用者側団体からは企業への支援策の要望も出された。 これらはニュースでも取り上げられたが、そもそも、コロナ禍の影響などで職を失い、最低賃金引き上げの恩恵を受けられぬ多くの人がおり、都庁前の炊き出しに長い行列が出来た光景も、記憶から消えることは無い。
そのような状況が十分に改善されたとは言い難いが、東京都最低賃金が発効して1か月。賃金が当月締めの翌月払いの労働者にとっては、今月受け取るお給料が、改定された最低賃金下での最初の賃金となる人も多かろう。
コロナ禍の中、大変な苦労をされ、今も懸命に目前の仕事に取り組んでいる経営者、労働者、そしてそのご家族の方々が国民の多くであろう事に思いを馳せる時、最低賃金改定後の最初の賃金となる今月のお給料には、支払う側にも、受け取る側にも、様々な思いが籠められているように思えてならない。
晩秋である。妻の了解を得て、今月のお給料では、ススキをはじめ秋の草花と団子を買い求め、秋の夜長、読まぬままになっている本を手に取ることにしよう。
小太郎

令和2年11月号会報「東基連」 休憩室

「一泊二日の小旅行」
職業も年齢もバラバラの、気の置けない地元の仲間達8人組。この8人で、年に2回、一泊二日の小旅行を楽しむようになって、もう13年になります。
温泉で日頃の疲れを癒そう!との、至極真っ当な思い付きで始まったこの小旅行。
青葉の季節の5月~6月、紅葉の10月~11月に関東近県の温泉地を巡ります。
行き先は、数か月ほど前に「企画会議」と称する懇親会を開き、そこで各自が行きたい場所をプレゼンテーション。議論の末、挙手で採決し決定します。

小諸城址と懐古園に遊び、ランプの宿で名高い長野県の雲上絶景宿「高峰温泉」に。
東洋のナイアガラと謳われる「吹割の滝」の水しぶきを浴びて向かった、群馬県の「老神温泉」。
同じく群馬県の、渓流沿いに点在する大きな露天風呂と混浴で知られる、秘湯「宝川温泉」。
こんな思い出を、幾つも刻んで来ました。
そんなある年の、春の企画会議。一人のメンバーが「北アルプスの乗鞍岳に登頂しよ
う。標高たったの3026mだ」と提案。酔った輩(やから)の「いいね!いいね!」の無責任な大合唱。
「冗談ではない。自慢ではないが、私の登山歴は八王子市の高尾山をケーブルカーで登ったきりだ。そもそも、少々太めのこの身体で、標高3026mを登れる訳がないだろう」と反論するも、「いいね!いいね!行こう!行こう!」の声に掻き消され、乗鞍岳登頂が決定しました。

乗鞍エコーラインをバスで進み、畳平(標高2702m)に。ここから乗鞍岳の主峰「剣が峰」を目指します。
まずは緩やかな坂道。右手にはコバルトブルーに煌めく権現池と純白の雪渓の美しさ。
暫く歩むと「肩の小屋」。ここからは主峰「剣が峰」の雄姿が仰げますが、いよいよ勾配がきつくなり、私的には「ちょっともう無理」という感じ。20歩登っては休憩。10歩進んではまた休憩。そんな私の横を小学生達が追い抜いて行きます。前後に付き添う仲間たちからは「頑張れ!小学生に負けるな!」との温かい声援。
尾根道に差し掛かり、頂上まではもう少し。汗だくだくになりながら、剣が峰の山頂に到着。遮るものが何もない絶景。感動、また感動。
畳平に降り、宿泊した「銀嶺荘」で飲んだビールの旨さと、満点の星空。いやー、凄かった。

ある年の秋。「秘湯中の秘湯、三斗小屋温泉に行こう!」とのプレゼン。「温泉いい
ね」と賛成する私。しかし、話を聞くと、ちょっと違う。
三斗小屋温泉は、栃木県那須塩原市にある温泉。しかし、車では行けず、行く方法は徒歩のみ。しかも、那須連山の主峰「茶臼岳」(別称「那須岳」標高1915m)の山頂を越えていくルート。
採決の結果、賛成多数で「茶臼岳を越えて三斗小屋温泉」に決定しました。(はあ~)

茶臼岳9合目にあたる那須ロープウエイの山頂駅で降り、まず茶臼岳山頂を目指します。火山礫の大小の岩石が散乱する険しい登り道。風が強い。懸命に足を運び、間もなく山頂というところまで来ましたが、どんどん風が強くなり、立っていられないほどの強風。
そこへ10名ほどの先行したパーティーが戻ってきました。話を聞くと「この先はもっと風が強く、強風で通れないので断念する」と。協議の末、私達も撤退を決めました。
仲間達は口々に「残念だ。次回、リベンジだ」と。私も「そうだね。次だね」と言いつつ、内心「良かった。助かった。次回はない」。
その夜は、急遽、探した「北温泉旅館」に宿泊。映画「テルマエ・ロマエ」のロケ地
となった、こちらも秘湯中の秘湯。大きな天狗の面が飾られた湯船で、まったり。

この小旅行の白眉は、福井県三国港の民宿での「越前がに(ズワイガニ)フルコース」。
ある年、企画会議で「蟹を食べたい」との意見が。これに対し「福井県三国漁港で、凄い越前がに料理を食べさせる民宿がある」との緊急動議。
「いやいや、そもそも在来線と路線バスを乗り継いで費用を掛けないのが、この会の本旨。福井県までは行けないよ」との反対意見に対し、「早割、早期予約割引制度がある。3か月前に予約すれば航空運賃は半額だ」と。
採決を取るまでもなく、「いいね!いいね!行こう!行こう!」の大合唱。

一路、羽田空港から小松空港へ。「永平寺」で蕎麦を食し、「福井県立恐竜博物館」で恐竜と戯れ、いよいよ蟹の民宿へ。
決して新しいとは言えない木造2階建ての小さなお宿の、知る人ぞ知る「蟹宴席」。
まず、先付けに続いて、豪華な地魚のお刺身と酢の物、唐揚げ、天婦羅。そして、続々
と、蟹刺し、焼き蟹、蟹の天婦羅、セイコ蟹が運ばれてきます。「カニ、美味い!」と言
いながらかぶりつく。「うーん美味しい。」この時点で、ほぼ満腹。
そこへ、越前がにの証、黄色いタグの付いた熱々の大きな茹で蟹が登場。「一人一匹です」と女将さん。見たことが無いほどの大きなズワイガニ。「おお!」と言いながら蟹バサミとカニスプーン&フォークで食べ始める。「美味い!。でもお腹がいっぱい。苦しい」。
女将さん曰く「このあと蟹鍋でーす!」と。
人生で、最も蟹を食べた夜でした。
一人では、また家族だけでも、なかなか行けない場所ばかりでした。仲間達に感謝です。
そして、思い返せば、この小旅行は、次への活力を引き出す源となっていたように感じます。
たった「一泊二日」という短い時間の小旅行ですが、日常と異なる場所に身を置き、非日常の時間を過ごすことは、心と身体に不思議な刺激を与えるようです。
その刺激は、心身を活性化させ、次に立ち向かうエネルギーを湧かせるような。
だからこそ、「一泊二日の小旅行」から半年が過ぎると、活力を引き出す不思議な刺激を与えてくれる非日常の時空間への欲求が高まり、次の小旅行の企画会議が招集され、「行こう!行こう!」の大合唱に。

さて、「GoToトラベルキャンペーン」に東京発着コースと東京在住者が加えられ、1か月が経ちました。
また、当社としましては、法改正された年次有給休暇5日間取得という課題もあります。
心身を活性化させ、次へのエネルギーを湧き立たせる非日常の時空間への跳躍に、この「GoToトラベルキャンペーン」と「年次有給休暇」は、格好のアイテムのように思えてなりません。

まもなく「11月6日」を迎えます。
ご存知の方も多いと思いますが、11月6日は「ズワイガニ漁の解禁日」です。
さて、少し欲張って、ズワイガニさん達に出会う「一泊二日の小旅行」に出掛けましょうか。
小太郎